第9話
せめて成績を上げたいと、休み時間や放課後に大翔に勉強を教えてもらっている。一緒にいる時間が長くなれば噂話に背びれ尾ひれがついて加速していく。しかし背に腹は代えられず、佳奈多は大翔を頼った。
放課後に勉強をすると、大翔はとても機嫌が良くなった。放課後は図書館で勉強をしていた。いくつか並ぶ学習スペースの机に並んで座ると、時々手に触れたりしてくるものの、それ以上の接触はなかった。佳奈多の質問にわかりやすく丁寧に答えてくれる大翔は、穏やかに微笑んで佳奈多を見つめている。図書館には誰かしら人がいる。2人きりにならずに済み、勉強も教えてもらえる図書館で勉強をする分帰宅の時間も後ろに伸びる。なによりも、佳奈多は大翔が穏やかでいてくれるこの時間が好きだった。
そんな日々の中、中学2年生のあの日に事件は起きた。どうして一人であの場所へ行ったのか。佳奈多は今でも深く後悔している。
自室で勉強していた佳奈多は消しゴムがないことに気づいた。最近は父の帰りが遅く、同時期から母も家にいないことが増えた。消しゴムの買い置きがない。時間は21時近く、今日も家には誰もいない。佳奈多は仕方なく手提げに財布を入れてコンビニへ向かった。真っ暗な道はなにか出てきそうで怖い。佳奈多はなるべく電灯の下を歩いた。
近くのコンビニは住宅地にあり、夜間はほとんど人がいない。こんなに閑散としていて潰れてしまわないのかと心配になってしまう。今日も人気のないコンビニだが、明るい空間に佳奈多はほっとした。文具コーナーの消しゴムを手にしてレジに向かう。父より少し若いだろう男性に会計をしてもらって店を出ようとした、その時。
「おい。ちょっと、待て」
佳奈多はレジの男性に呼び止められた。振り返ると男性は佳奈多の手提げに手をかけていた。
「こらこら…なんだこれは。万引きは駄目だろ、万引きは」
男性の手に見覚えのない箱が握られている。一体なんのことかわからず佳奈多は首を傾げる。男性が佳奈多を見下ろしていて、その目が怖くて佳奈多は後ずさる。
「おい、逃げるな!」
怒鳴りつけられて、佳奈多は竦んで立ち止まった。男に腕を掴まれたが動けず、振りほどけない。
「裏に来なさい。こんなもの盗むなんて、お前、小学生か?」
佳奈多が首を振ると男性は笑った。
「じゃあ中学生か。ませたガキだな」
男性に引きずられて、佳奈多はコンビニのバックヤードに引きずり込まれた。初めて見る空間で、何をされるのかわからず佳奈多は足がもつれてしまう。床に座り込んだ佳奈多の目の前に男性がしゃがみこんだ。
「なんでこんなもん盗んだんだ。言ってごらん。ん?」
「し、知らない、です、僕、そんなの」
「知らないじゃないだろ!お前のカバンから出てきたんだろうが!」
突然男性が怒鳴り声を上げて、激昂した。さっきまで店員としてレジでやり取りをした男性の突然の豹変に、佳奈多は怖くなって涙が流れてしまった。
「だって、それ、知らない、僕…」
男性が手に持つ箱がいったいなんのか、見覚えもないし中身がなんなのかもわからない。泣きながら首を振る佳奈多に、男は笑った。
「知らないわけないだろ。学校で習わなかったか?コンドームだよ。こんなもの盗んで、いつ使うつもりだったんだ。あ?」
名称を聞いて佳奈多は泣きながら真っ赤になった。学校で習ったのでそれが何か、何に使うものか佳奈多にもわかる。しかしコンビニでこんな形で売っているなんて知らなかった。そもそもどこに置いてあるのかも佳奈多は知らない。盗めるわけもなく、佳奈多は見に覚えのない罪に問われていた。
「ぬ、盗んで、な」
「だからっ!お前の、カバンから出てきたって!言ってんだろ!!」
「ひっ…ご、ごめんなさい、ごめん、なさっ…」
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