第8話
「あぅ、う、わ、わかった、着替え、違うとこで、するから…ひろ君も、僕のこと、み、見ないで」
「着替えを、ってこと?…わかった。かなちゃんの着替え、見ないから」
怖くなった佳奈多は大翔の言葉を遮った。大翔は安堵した様子で頷いた。それから着替えの必要なときは大翔と佳奈多だけ別の教室を使った。教師は何も言わなかった。大翔は毎回佳奈多に背中を向けて着替えていた。何度か大翔を見たが、こちらをみることはなかった。佳奈多の、見ないでほしいという約束をきちんと守ってくれている。
大翔は佳奈多との約束はちゃんと守る。
そんな大翔に、佳奈多はほっとした。見るなと言った自分が疑って大翔の着替えを見るのも申し訳ないので、自然とお互いに背を向けて着替えるようになった。
抱きつかれたり腰を抱かれたり匂いをかがれたり、日に日に接触が激しくなる大翔に慣れたり怯えたりしながら時は過ぎていった。
佳奈多と大翔は中学生になった。
中学生に進級し、外部入学の者も何人か入ってきた。
「松本、君」
進学を機に、佳奈多は大翔の呼び方を変えようと思った。言い慣れない名字で呼ぶと、大翔は鼻に皺を寄せて佳奈多を見た。
「…かなちゃん。どうしたの?誰かに、何か言われた?」
「あ、違う、違う、けど」
今までのひろ君という呼び方が子供っぽく、必要以上に親しげに感じる。いつも二人でべったりとくっついている佳奈多と大翔に外部入学の生徒は怪訝な目を向けていた。
『あの2人、仲いいっつーか、良すぎない?』
『付き合ってんだよ。小学生の時からアレだし。ずーっと手、繋いでてさ』
『うわ~ラブラブぅ~』
『藤野…あの小さいやつが独占してて』
『みんな、松本君と仲良くなりたいのに』
外部入学生の容赦ない好奇の目と在校生の鬱憤が重なる。小学生の頃に遠巻きにしていた者たちも、進学を機にまた様子が変わってきた。男同士だからと後ろ指指すものもいるが、あからさまに仲の良い佳奈多と大翔を冷やかしたり嫉妬する人間が多かった。
松本頭取の息子である大翔と仲良くしたいのは同級生だけではない。上級生も先生もみな大翔に一目置いていた。その大翔にくっついている佳奈多は悪い意味で同じように注目の的だった。
「いいよ、今まで通りで」
「…じゃあ、大翔君って、呼ぶね」
不機嫌に大翔が言う。佳奈多の提案に、佳奈多の手を握る大翔の力が強くなった。佳奈多は承諾と受け取って息をつく。
中学に上がって、周りの目が変わった。大翔に対する視線は益々強くなった。大翔自身も気が張り詰めているのか、纏う空気が刺々しい。
母が言っていた話で佳奈多自身は詳しくは知らないが、大翔には兄がいて銀行に入行したものの、あまり評判が良くないらしい。悪い人と遊んでいてあまり仕事に来ないそうだ。大翔は勉強も運動も優秀で、松本頭取の後継者は正妻の子の兄ではなく妾の子の大翔ではないかと噂されている。
『大翔君ママと仲良くしてあげてて良かった。これからも末永く大翔君と仲良くするのよ』
母は笑顔で佳奈多に語りかけた。母は春先で肌寒いにも関わらず薄着で、手足の痣が見えている。
佳奈多の方も生活に変化が出ていた。中学生に上がる頃から父親の暴力はますますひどくなっていた。大翔とは比べるまでもないが、周りと比べて佳奈多は成績がよくなかった。運動が得意でないことに加えて勉強もついていくのが精一杯だ。そんな佳奈多の成績に父の怒りは全て母に向いた。
『佳奈多の出来が悪いのはお前のせいだ、お前が全て悪い!』
佳奈多の目の前で行われる暴力に、佳奈多はじっと息を殺していた。
母が暴力を振るわれるのは佳奈多のせいだ。
それを母も、身をもって示しているのだろう。自宅にいるときはいつも腕や足の見える服装だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます