第6話

帰りの飛行機の中、大翔は佳奈多の手に指を絡めていた。佳奈多の指と指の間に大翔の指が交互に重ねられた。

「楽しかったね。かなちゃんはなにが一番楽しかった?」

「あ、うん…昨日見た、建物、すごかった」

「そっかぁ。俺は、かなちゃんといた時間、全部楽しかった。…かなちゃんと、離れたくないなぁ」

時々大翔の指が、佳奈多の指を擦り上げるように動く。こんなふうに指を重ねられたは初めてだ。恋人同士のような握り方で、大翔は佳奈多の手を味わうように指を動かした。佳奈多は大翔を見ず、ずっと下を向いていた。

勘違いであってほしい。でも、やっぱり、勘違いではないかもしれない。

大翔が佳奈多に向けるこれは、友情だけではない。佳奈多はぎゅっと身を固めた。大翔は一番仲の良い友達だ。なのに佳奈多は、大翔の向ける感情に恐怖を感じていた。佳奈多はまさか、自分が大翔の恋愛対象にされてしまうなんて考えたこともなかった。大翔が無遠慮にぶつけてくる好意に嫌悪すら感じている。

大翔の佳奈多よりも大きな手がくすぐるように佳奈多の指の股を犯していく。小さい頃は佳奈多の方が大きかったのに、今の大翔は佳奈多よりも頭一つ分背が高い。幼稚園の頃から続けている空手は黒帯らしく、格闘技を習っているからか筋肉もついていて横幅もしっかりある。そんな大翔から向けられる好意と行為を、佳奈多は拒絶できると思えない。このまま、この先大翔と自分はどうなるのか。不安で佳奈多は吐き気を催した。

「かなちゃん、大丈夫?トイレ行く?」

たぶんひどい顔色だったのだろう。大翔は繋いでいた手を離し、エチケット袋を広げて佳奈多の背中を擦った。

「せなか、やだ、」

佳奈多は首を振る。大翔の手が怖くて本当に吐いてしまいそうだった。大翔の手はすぐに離れた。佳奈多に触れない大翔にだいぶ体は落ち着いたが、両手でしっかりエチケット袋を握った。両手を塞げば大翔に握られることもない。佳奈多はエチケット袋を手放さずに到着を待った。

空港に降り立ち、生徒はそこで帰宅となった。佳奈多は母が迎えに来ていた。

「佳奈多、大翔君。おかえりなさい。あら、気持ち悪くなっちゃったの?」

「飛行機で、酔っちゃったみたいで」

佳奈多の母に、佳奈多の腰を抱える大翔が答えた。佳奈多はエチケット袋を持ったまま母のそばに寄る。

「嫌だわ、お買い物したかったのに…大翔君は、どうするの?あっ!一緒に帰る?うちでご飯でも」

「おかえりなさいませ、大翔様」

声のした方を見ると、スーツを着た年配の男性がうやうやしく大翔に頭を下げている。佳奈多が見たことのない男性だった。大翔の迎えだろうかと思い、佳奈多は大翔を見た。

大翔の顔から表情が消えていた。

修学旅行中に見せていた年相応の顔じゃなく、小学生になってから見せるようになった大人びた顔だった。冷たい瞳に、佳奈多は竦んでしまう。

「すみません。迎えが来たので、帰ります。…かなちゃん、また、学校でね」

凛とした大翔の声に、佳奈多は頷く。大翔は真っ直ぐ背筋を伸ばして男性について歩いていった。佳奈多は見送るが、大翔は振り返らなかった。

佳奈多はほっと息を漏らした。やっと大翔と離れられた。緊張していた体から力が抜ける。

「残念だわ。松本頭取のご子息と、せっかくの機会だったのに…ねぇ佳奈多、まだ気持ち悪いの?お母さん、もう少しお店を回りたいんだけど。トイレ、行ってきたら?いっそ吐いたほうが楽に…」

「ごめ、んなさい、お母さん…僕、座ってるから、お買い物、行ってきて」

「あら、大丈夫?じゃあ行ってくるわね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る