第5話

佳奈多は口を両手で覆った。大翔に起きていることがバレてしまう。

首筋の違和感。濡れた感触に、大翔の舌が這ったことに気づいた。佳奈多はきつく目を閉じて体を震わせる。大翔は何をするつもりなのだろう。恐怖で震えの止まらない佳奈多は声も出せなかった。

「かなちゃん?」

大翔の手が佳奈多の肩を掴む。佳奈多は返事をしなかった。震える体は止まらなかったが、黙って寝たふりを続けた。大翔はしばらく動かなかったが、ゆっくりと佳奈多に覆いかぶさった。

「かなちゃん。寝てるの?」

体を固くして拒絶する佳奈多の耳に大翔の声が吹き込まれた。内緒話をするかのような大翔の声に、耳に感じる大翔の唇に、佳奈多の全身は怖気立った。大翔の問いに、佳奈多は思わず何度も頷いた。

自分は眠っている。眠っているから、何もせず放っておいてほしい。

大翔が笑った気配がして、顔が離れていった。大翔が起き上がって佳奈多から離れた。このまま自分のベッドに戻るのだろうか。そう期待してみたが、大翔は昨日のように佳奈多の背後に横になり、佳奈多を抱きしめて動かなくなった。しばらくして、背後から規則正しい呼吸が聞こえてきた。大翔は眠ってしまったようだ。佳奈多は体から力を抜いた。大翔はいったい何をしようとしたのだろうか。今のこの状況はなんなのだろうか。大翔の吐息を聞きながら、佳奈多は少しずつ微睡んでいった。昨日の寝不足のせいだろうか、寝づらい体制と背後の大翔への恐怖心を抱えたまま、佳奈多は眠りについた。


「かなちゃん、朝だよ」

最終日の朝。大翔に声をかけられて、すっかり寝入っていた佳奈多は目を覚ました。外は明るく、起床の時間になっている。

ぼんやりと大翔を眺めていたが、頬を撫でられた佳奈多は身を固くした。大翔は当然のように佳奈多の隣にいた。佳奈多は慌てて大翔の笑顔から目を背ける。まさか、昨夜からずっとここにいたのだろうか。

「ひろ、く…ここ、僕の、ベッドだよ」

「うん。知ってるよ」

上半身を起こした佳奈多は少しずつあとずさり、大翔と距離を開ける。しかし大翔も体を起こして一瞬で距離を詰められてしまった。

「よく眠ってたね。気持ちよさそうだった」

角に追い詰められ、大翔の腕に逃げ道を塞がれて、佳奈多は恐怖で顔を上げられなかった。壁についていた大翔の手が、ゆっくり佳奈多に向かって伸ばされる。

「や、…やだ…」

何がしたいのかわからず佳奈多は大翔の右手を両手で押し返す。大翔の左の手が、佳奈多の背中を撫で上げた。

「昨日、しばらく同じ向きで寝てたから。背中、痛くない?」

佳奈多は壁に体を押しつける。いったい大翔はいつから目覚めて佳奈多を見ていたのだろうか。昨日大翔は寝息をたてていた。夜中に目覚めて起きていたのだろうか。それとも、寝息は嘘だったのだろうか。佳奈多の全身が総毛立った。大翔はずっと起きていて、佳奈多を眺めていたのではないだろうか。

「へいき、いっ、いたくな、から」

舌がもつれてうまく言葉にできない。大翔の手は佳奈多の背中を優しく撫で続けている。突然扉の方から音がなった。インターフォンだ。大翔が立ち上がり扉を開ける。教師の声が聞こえた。

「松本君、藤野君、起きてるかな」

「はい」

「朝食、昨日と同じところだからね」

教師が立ち去っていった。各部屋を回っているのだろう。行かないでほしいと佳奈多がベッドから立ち上がると、大翔が戻ってきた。

「朝ごはんだって。支度して、行こうか」

大翔に手を引かれて洗面所へ向かう。洗面台を順番に使ったほうが効率が良いはずだが、大翔はべったりと佳奈多に張り付いて離れない。なるべく離れてほしいのに、この日の大翔は朝食から帰りの飛行機まで普段以上に佳奈多から離れなかった。

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