第10話

 リンとトールが手をつないで2人で審判台に向かう。グレンツェン側からも1人、スーツ姿の会社員の男が向こうの審判台に向かって歩いてくる。

「この一戦が大事だってことはリンにもわかるよね? 向こうの基本戦略、弱い駒から出して来るのか、最初から強い駒で強攻に短期決戦を狙っているのか。リンはそれを見極める試金石になるんだ。僕のためにその役目を果たしてほしい」

 トールがつないだリンの手は冷たい。

「それに運がよければ1度くらいは勝てるかもしれない……ああ、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん、不安を煽るようなことばかり言ってしまうね……それならせめて最後までリンのそばにいるよ。僕が勝てたら、いや必ず勝って連れて帰るよ。君だけじゃない。4人みんな一緒に、いや5人・・かな?」

 リンが一瞬立ち止まる。

「トール先輩? ……どうして?」

「知ってたよ。先生が教えてくれた……ありがとう。なんだか生きる勇気を貰った気がするよ。愛してる、リン」

 涙をこぼす彼女を抱き締めトールがそっと口づける。


 断崖にたどり着いて数分後、リンが「行きます」と小さくトールに別れを告げる。

『審判台に乗ったなら中央の石に手を置きなさい。それが【審判】の開始です』

 鐘が「カラーン」とひとつ鳴り、腰高の石柱にリンと対戦相手が同時に手を置く。それを合図に審判台は出現した【天秤】の腕木に乗せられ、バランスをとるように緩やかに上下動を始める。擦れて軋む金属音とともにその動きは大きくなっていく。


 リンの顔に不安が広がっていく。振り返らないつもりだったが、リンは思わず後ろのトールを見てしまう。

「トール先輩っ!」

 そこにまだトールはいた。しかしその口角は持ち上げられ弧を描いて嗤っていた。

「さようなら。もう会う気はないけど……向こうでも幸せになってくれ。その子がいれば淋しくないだろう?」

「ト、とーる……せん、ぱ……何でそんな……い嫌、一緒に、きゃあああ!」

【天秤】が止まり【審判】が下される。湯をこぼす鍋のように上皿がぐるりと傾き、リンが空中に投げ出される。


 絶望の叫びとともにリンが奈落へと落ちていった。

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