第99話 モン長老と緑王蛇の革
コウとシュンリンが工房から去ると、ミン長老とシャンシー長老が顔を見合わせた。
「あの気弾銃、どう思う?」
シャンシー長老が尋ねた。
「驚いたわ。どこで仕入れた情報を基に作ったのかしら?」
シャンシー長老が腑に落ちないという顔をする。
「気弾銃に似たような武器を、聞いた事はないぞ」
「コウが自分で考えたというのですか? あれを自分で考えたとしたら、恐ろしいほどの才能ですよ」
シャンシー長老がミン長老に何か言おうとしてやめた。
「何ですか?」
「ミン長老が、黒風虎の牙を手に入れ、それから気弾銃を作ろうと思った時、どれほどの時間が掛かる?」
「そうですね。数年は掛かったかもしれません」
「コウは、一ヶ月で作り上げた。何かおかしいとは思わんか?」
「天才とは、そういうものかもしれませんよ。常人には考えつかないようなものを、考え出すから『天才』と呼ばれるのです。シャンシー長老が得意とする武術でも、【白炎】という秘技を作ったと驚いていたではないですか」
シャンシー長老が納得したように頷いた。
「無理をしてでも、コウを直弟子にするべきだったか。……失敗した」
それを聞いたミン長老が勝ち誇るように笑った。
「もう遅いですよ。コウは私の直弟子です」
「ふん、コウは朝練を続けたいようだ。正式な弟子でなくとも、
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
宝具工房の庭を離れた俺とシュンリンは、薬房へ向かう。シュンリンは新しい師匠のところへ、俺はモン長老のところだ。
虚礼洞の薬房は二つある。一つは本堂の一角にあり、もう一つは倉庫の一部を薬房として使っているものだ。モン長老は本堂の薬房、ファリン師姉は倉庫の薬房に居るので途中で別れた。
本堂の薬房でモン長老を捜す。モン長老は煉丹炉の前で何か作業をしていた。集中しているようで、部屋に入ってきた俺に気付いていない。そのモン長老の周りでは、数人の直弟子たちが見学している。邪魔してはいけないタイミングのようなので、俺は待つ事にした。
モン長老は何を作っているのだろう? 疑問に思った俺は近くに置いてある材料を調べた。ファレト草の実とボルビーク草、
煉丹炉の中に入れた材料から薬効の素となる成分を抽出し、それを使って丸薬を煉成する。その作業には精密な気の制御が必要なようだ。煉丹炉の中では制御された気が渦巻き、それが煉成の過程で強さや動きが変わる。
「完成よ。これを皆に作ってもらいます」
モン長老が煉丹炉から取り出した清々丹を見せた。それはパチンコ玉ほどの白く輝く丸薬で五個あった。直弟子の皆が険しい顔になる。それほど高度な気の制御が使われていたのだ。
直弟子たちが自分の煉丹炉のところへ行って清々丹の煉成を始めた。
「あっ」「ダメだ」
次々に失敗する直弟子たち。それを見ていたモン長老が溜息を漏らした。その気持ちは分かるが、清々丹の煉成が難しいのも理解できるので気長に教えるしかないと思う。
「コウ、どうしたの?」
モン長老が俺を気付いて声を掛けてきた。
「教えて欲しい事があって、来ました」
「何かしら?」
「気星丹の作り方です」
それを聞いたモン長老がニコッと笑う。妖艶なモン長老が笑顔を見せると、周りにも桃色の何かが広がるような気がする。但し、その目を見ると笑っていない。
「気星丹という事は、魅王茸を手に入れたのね?」
「ええ、緑王蛇の巣穴を見付けたんです」
「もしかして、緑王蛇を倒したの?」
「手強かったですが、何とか倒す事ができました」
「緑王蛇の皮は?」
モン長老は緑王蛇の皮が気になったようだ。俺は皮を剥ぎ取って持ち帰り、今は鞣しに出している事を話した。
「緑王蛇の革で作った靴が、欲しかったのよ」
俺は靴一足分の緑王蛇の革をプレゼントする代わりに、気星丹の作り方を教えてもらう事にした。一応書庫にある本で気星丹の作り方を勉強したのだが、それでも分からない点がいくつかあり、それをモン長老に教えて欲しかったのだ。
「教えるのは構わないけど。武術をシャンシー長老に習い、宝具作りをミン長老、仙薬作りを私に習うというのは、手を広げすぎじゃないの?」
俺自身はそう思った事はないが、他の道士たちはそう思うようだ。前世では歴史、経済、政治、エンタメ、科学知識などの様々な情報を学び、仕事の他にプライベート時間を楽しむという事が普通だったので、武術、煉丹術、宝具作りの三つくらいなら何でもないと思っている。
「モン長老、道士の人生は長いのです。学ぶものを一つに絞る必要はないと思いますよ」
長老自身も煉丹術と宝具作りだけでなく、もう一つくらいは増やして良いと思う。
「コウは霊成期に達する事ができると思っているのね。気はどこまで成長しているの?」
道士が霊成期に入ると寿命が三百年ほどに伸びる。この国の人々は人生五十年と考えているので、普通の人の六倍も長い人生を歩む事になる。
「第十二階梯です」
「やっぱりね。後数年も修行すれば、霊成期になるわね」
モン長老も独覚眼があるので、大体の見当はついていたが、正確には分からなかったようだ。独覚眼があっても分かり
「はい。少しでも早く霊成期になりたいと思っているんです」
そう言ったら、モン長老が俺をジッと見た。
「そんなに急がなくても、いいんじゃないの」
「どういう事です?」
「霊成期になると、老化が極端に遅くなるのだけど……成長も遅くなるのよ」
成長も遅くなる? どういう意味だ。まさか十三歳の時に霊成期になると、十三歳のまま成長しなくなるという事か。全然成長しないという事はないと思うが、六十歳になっても少年の姿というのは、ちょっと嫌だ。
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