第98話 直弟子
空を見ると陽が傾き始めている。暗くなる前に試そうと山の中に入った。そして、黒鋼短刀を抜くと直径二十センチほどの木の前に立った。丈夫な木として知られているが、まだ若々しい木だ。
最初に全力で黒鋼短刀で若木を斬り付けた。切れ味が良い黒鋼の刃でも、幹に深さ五センチほどの傷を付けるのが精一杯だった。
「こんなものか。次は……」
俺は桜蘭霊剣の要訣に従って気を黒鋼短刀に流し込み、その気で黒鋼の刃を包み込む。その状態で若木をもう一度斬り付けた。すると、若木が真っ二つに斬り裂かれた。
「おっ、何だこれ。予想以上の切れ味だ。単に気を流し込んだ時と違いがあるのだろうか?」
そう思った俺は、桜蘭霊剣の要訣を無視して気を流し込んだだけの黒鋼短刀で、別の若木を斬り付けた。その若木には深さ七センチほどの傷が出来た。
「桜蘭霊剣……この剣術に含まれる要訣は素晴らしい」
この剣術には十数個の要訣があり、その中の一つを使っただけで、この威力が出た。それも適当に要訣を使っただけだ。
桜蘭霊剣の威力を確かめられて満足した俺は、急いで湧き水が出る場所の近くにある水浴び場へ行った。男女に分かれた小さな小屋があり、そこで水浴びする。夏は気持ち良いのだが、冬は
汗を洗い流した俺は、さっぱりした気分で食堂へ行った。食事を済ませて部屋に戻ると、オイルランタンの明かりを灯す。それから気弾銃を出して眺めた。
形はリボルバーに似ているが、全く別の武器だった。そして、鍛冶の修行もしていない自分が、こんな複雑なものを作れた事に改めて驚く。煉気鍛造は気とイメージで金属の形を変える技術なので、鍛冶の修行は関係ないのだ。
加熱した金属にハンマーを打ち付けて加工するが、ハンマーを打ち付けた振動が切っ掛けになるだけだった。ちなみに、気の絶縁体である白鋼が煉気鍛造で加工できるのはなぜかとミン長老に尋ねたところ、加熱した白鋼は絶縁体ではなくなるらしい。
今回の気弾銃作製でいろいろ気付いた事がある。その一つは重陰気と妖気が似ている事だ。重陰気を使うと黒風虎が妖気を使った時のような威力が出た。という事は、重陰気と妖気に何か共通点があるのだろう。
その翌日、気弾銃のグリップを変更する作業を行った。納得するまで修正を続け、完成した時は昼をすぎていた。
「ここは涼しくて良いわね」
老仙窟で休んでいるとシュンリンが来て言った。彼女は高弟であるファリン師姉の直弟子になる事にしたらしい。本当はモン長老の直弟子になりたかったのだが、モン長老が当分弟子を増やさないと聞き、仙丹術を得意とするファリン師姉に師事する事にした。
「セイランに聞いたけど、ミン長老に師事する事にしたらしいわね」
「宝具作りに興味があるんだ」
「そうでないと、自分の鍛冶場を造るなんて事はしないでしょうけど、何を作っているの?」
セイランたちには気弾銃の事は秘密にするように言ってあるので、シュンリンにも喋らなかったようだ。
「ミン長老の直弟子になるつもりなんだけど、ミン長老は何か作品を作らせて、才能を確かめるそうなんだ」
「分かった。その作品を作っていたのね。それはどんなものなの?」
俺は気弾銃を取り出して見せた。
「これは武器なんだ」
「武器? 変な形をしている」
シュンリンが不思議そうに気弾銃を見ている。どう使うのか検討もつかないようだ。
「これからミン長老のところへ行って、これを見せるんだけど、その時に試し撃ちするから見学する?」
「面白そうね」
シュンリンもミン長老のところへ行く事になった。二人で宝具工房へと向かう。以前まではシュンリンの方が背が高かったが、今は追い抜いている。
工房の前でミン長老とシャンシー長老が話をしているのが見えた。
「コウ、私に用なの?」
「試験の作品が出来たので、持ってきました」
シャンシー長老が『何の事だ?』という顔をしている。そのシャンシー長老にシュンリンが説明した。
「完成したのなら、見せて」
「これになります」
俺が気弾銃をミン長老に渡すと、シャンシー長老も興味深そうに見ていた。
「これは何だ?」
シャンシー長老が質問してきた。
「武器です」
「これが武器なのか。これでどうやって戦うのだ?」
「シャンシー長老は、黒風虎と戦った事がありますか?」
「一度だけある」
「その時、妖気の牙を飛ばす攻撃をしませんでした?」
シャンシー長老が苦い顔になって頷いた。
「ああ、そんな攻撃をしてきた。仲間の一人がそれで
「それを真似したのが、この気弾銃です」
「この白い部分は、白鋼を使っているのね。なぜ白鋼を使ったの?」
ミン長老が質問してきた。
「全部を黒鋼で作ると、間違って気が気弾銃に流れ込んだ時に、気弾が撃ち出される間違いが起こるからです」
それを聞いてミン長老が頷いた。そこにシャンシー長老が割り込んだ。
「どれほど威力があるか見たい」
「分かりました。裏で試します」
工房の裏には、小さな庭がある。その奥には
「その薪を標的にするつもりなのか?」
シャンシー長老の言葉に、俺は頷いた。それから気弾銃を構えて薪の一つに狙いを付け、普通の気を流し込みながら引き金を引く。その瞬間、気弾が撃ち出されて薪に命中して弾き飛ばした。
「おっ、当たった。だが、威力がない」
シャンシー長老が正直な感想を言った。
「今のは普通の気を使ったので、次は重陰気を使います」
「というと、普通の気と重陰気を使った場合では、威力が違うのか?」
「そうです」
俺は重陰気を使って気弾銃を撃った。気弾が薪に命中した瞬間、その薪がバラバラに砕けて周りに飛び散った。ミン長老とシャンシー長老、それにシュンリンの目が丸くなっていた。
「まさか。黒風虎と同じではないか」
シャンシー長老が
「これほどの威力を持つ武器だとは……コウ、合格よ」
それを聞いたシュンリンが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「おめでとう」
「ありがとう」
「良かったな。ところで、儂にも試させてくれ」
「えっ、いいですよ」
俺は気弾銃をシャンシー長老に渡した。長老は俺の動きを真似て薪に狙いを付け、重陰気を流し込む。気弾は発射されない。
「どうしてだ?」
「引き金を引かないと、気弾は発射されません」
シャンシー長老は頷いて引き金を引いた。気弾が発射され、薪の近くの地面に当たって地面が爆ぜて掘り返される。気弾は命中した物によって効果が少し違うようだ。
「難しいものだな」
そう言いながら数発撃つと、狙い通りの場所へ命中するようになる。さすがシャンシー長老だ。
「シャンシー長老。いい加減にして、私にも試させてください」
ミン長老にそう言われ、渋々という感じで気弾銃を渡した。ミン長老は満足するまで気弾銃を撃ってから、俺に戻した。
ちょっとホッとした。気弾銃を撃っているミン長老があまりにも楽しそうだったので、気弾銃が戻ってくるか心配になっていたのだ。
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