第100話 目指す目標

「そうですね。霊成期になるのは成長が終わるのを待った方が、いいかもしれませんね」

「小さい身体のままだと不便だから、その方が賢明よ」


 俺が武器として大刀を選んだのも、身体が小さかったからだ。そうでなければ、虚礼洞で一番遣い手が多い剣を選んだだろう。遣い手が多いという事は、一番研究されていて進んだ武術だと思うからだ。


「モン長老、桜蘭霊剣という剣術を知っていますか?」

 その言葉を聞いたモン長老が顔色を変えた。

「なぜ桜蘭霊剣を知っているのです?」

「緑王蛇の巣穴となっていた洞穴に、その言葉が刻まれていたんです」


 要訣が刻まれていた岩は、俺が石で叩いて判読できないようにした。最初の剣術の名前は大きく刻まれていたので、今でも読めるかもしれないが、要訣の部分は無理だろう。


「そう。……桜蘭霊剣というのは、虚礼洞のウェイルー始祖の友人であるバイ・ヨウジュンが、得意としていた剣術よ」


「そのヨウジュン様という道士は、どんな人物だったのです?」

「始祖とヨウジュン様は、一緒に神仙になろうと切磋琢磨するような仲だったらしいわ。でも、ヨウジュン様は天符術という仙術を編み出すために、一人で天猛山てんもうさんへ行って帰ってこなかったそうよ」


 天猛山は魔境の深層を北に進んだところにある山だ。その山には古代の遺跡があり、古代神人の秘密が眠っていると言われている。但し、その天猛山へ行く事は難しい。倒すのに苦労した黒風虎が雑魚扱ざこあつかいされるような手強い妖魔が数多く棲み着いている場所に天猛山があるからだ。


「始祖とヨウジュン様の仙術は、違うものだったのですか?」

「ええ、違うものだったみたい。始祖は武術を応用した仙術が得意で、ヨウジュン様は符術系の仙術を得意とされていたと聞いているわ」


 符術……新しい言葉だ。どういう仙術だったのだろう? 

「そう言えば、ミン長老から課題を出されたと聞いたけど、合格できそうなの?」

 それを聞いて笑みが浮かんだ。

「無事に合格しました」

「どんな宝具を作ったの?」


「気弾銃という武器です」

 モン長老が見せて欲しいというので、見せると白鋼を使っているところに興味を持ったようだ。

「なるほど。白鋼は使えないと思っていたのだけど、そういう使い方もあるのね」


 俺には前世の知識もあるので、思い付いた使い方だった。それから気星丹の作り方をモン長老から教えてもらい、自分の部屋に戻った。


 今日は、モン長老から大事な情報を得た。一つは霊成期になると成長が遅くなるという事だ。これを考慮すると、急いで霊成期になるべきではないだろう。身体の成長が止まる十八歳から二十歳くらいになってから霊成期になるのが、ベストだと判断した。


 次は天猛山に古代神仙の秘密が眠っているという事だ。いつか天猛山へ行って古代神人の秘密を探したい。そのためには強大な妖魔を倒すだけの実力が必要になる。すぐに実行できる事ではなかった。


 最後に桜蘭霊剣は始祖の友人であるヨウジュンという道士が得意であった剣術だという事だ。あの緑王蛇の巣穴にあった桜蘭霊剣の要訣は、ヨウジュンが残したものなのだろうか?


「どうして洞穴に、桜蘭霊剣の要訣を残すような事をしたんだろう?」

 ヨウジュンは天猛山へ行こうとしていた。そこには手強い妖魔がたくさん居る。たぶん死ぬかもしれないと思ったはずだ。そんな時、俺ならどうする?


「遺言か?」

 俺なら遺言を残すだろうが、所有している資産なんて大した事はない。金貨数十枚と煉丹炉、ポンチョやタープ、気弾銃などの自分で作った物くらいだ。……いや、一番高価なものを忘れていた。武術や気功法の知識だ。


「待てよ。ヨウジュン様も自分が学んだ武術や仙術を残そうと、思ったんじゃないか?」

 それが正しかったとすると、魔境にヨウジュンの遺産ともいうべきものが隠されているかもしれない。それらを探し出したかったが、どこに隠されているか見当もつかない。


「何かヒントがないと、広大な魔境で遺産を見付けるのは無理だな。まずは気星丹を作るか」


 翌日から老仙窟で気星丹の作製を始めた。材料となるセルタン草、双槍鹿の角、魅王茸を粉砕し、それぞれの分量を計って煉丹炉に入れる。準備が終わると煉成を始めた。煉丹炉に気を流し込み、渦を巻く気の流れを制御する。炉の中の温度が上がり、材料から薬効の成分が抽出され、残滓ざんしが炉の底に沈んで成分だけが気の渦に巻き込まれて錬成されていく。


 この煉成により、四個の気星丹が完成した。そして、次々に材料を煉丹炉に投入して気星丹を完成させ、最終的には二十四個の気星丹が出来上がった。


「十分な量だな」

 俺が第十五階梯になるのに十分な量だろう。その時、ハオシュエンとセイランが老仙窟に入ってきた。


「コウ師兄、ミン長老の直弟子になれたのだから、老煉輩の部会を抜けるんですか?」

「いや、これからも老仙窟を使いたいから、部会は抜けないつもりだ」

 部会は勉強会のようなゆるい団体なので、誰かの直弟子になったから部会を脱退しなければならないという決まりはない。


「良かった。コウ師兄が老煉輩を脱退したらどうしようと、二人で心配していたのです」

「コウ師兄には、まだまだ指導してもらいたいんです」

 ハオシュエンとセイランが言った。その言葉は嬉しい、二人の指導を頑張ろうと思った。


「それじゃあ、大刀功孤炎をどこまで習得したか、見せてくれ」

 ハオシュエンたちが大刀功孤炎の基本套路『養炎刀』を行う。二人とも【孤炎】と【陽狐炎】はできるようになっている。ただ【白炎】はまだのようだ。


「二人とも、重陰気を使った【白炎】に苦戦しているようだな」

 ハオシュエンとセイランが頷いた。

「重陰気を大刀の刃に流し込もうとすると、抵抗があるんです」

 セイランが首を傾げながら言う。その言葉でピンと来た。

「その大刀は普通の鋼を使っているんだったな。それだと難しいのかもしれない」


「どうしたらいいですか?」

 ハオシュエンが質問してきた。

「いろいろと方法はあるけど、剣脚蜘蛛を狩って、剣脚を手に入れよう」

 剣脚で妖蛛大剣ようしゅたいけんを作ろうと考え、剣脚蜘蛛狩りに行く事になった。準備をして三人で魔境に向かう。まず北へ向かって進み、青羽根烏の狩りをする晶北湖の西側を通って妖乱草原へ入った。


 ハオシュエンとセイランは初めて来るので、キョロキョロと広大な草原を見回す。草地に低木が生えた地形で、数多くの妖魔が棲み着いている場所だ。


「剣脚蜘蛛は、向こうにある林に棲み着いているんだ」

 そう言って一キロほど先にある林を指差した。それから気弾銃をハオシュエンに渡す。二人が持つ大刀は、剣脚蜘蛛に通用しないので、気弾銃で身を守るように言う。


 独覚眼で林の中を探すと、剣脚蜘蛛らしい気配を感じた。そちらに進むと剣脚蜘蛛が牙兎を捕まえているところに遭遇した。すぐに俺たちに気付いた剣脚蜘蛛は、牙兎を放り出して襲ってきた。


 ハオシュエンとセイランは、顔が青くなっている。ハオシュエンが気弾銃を握り締め、剣脚蜘蛛を狙って引き金を引いた。気弾が飛び出して剣脚蜘蛛の胴体に穴を開ける。


 それくらいで仕留められる剣脚蜘蛛ではないが、痛かったようでこちらに向かって凄い勢いで走り出した。俺は蛇羊大刀を持って迎え討ち、剣脚蜘蛛の頭に【白炎】の斬撃を振り下ろした。


 その一撃で剣脚蜘蛛の頭が左右に切断された。致命傷である。

「えっ、一撃ですか」

 セイランが驚いている。昔なら苦戦しただろうが、今は剣脚蜘蛛を一撃で仕留められる実力となっていた。二人に剣脚蜘蛛の剣脚を切り取らせた。その時、気弾銃が開けた穴を見たハオシュエンは、その威力を実感したようだ。


「この気弾銃というのは、思っていた以上に威力があるのですね」

 剣脚を手に入れた俺たちは、虚礼洞に戻った。ハオシュエンとセイランの二人は新しい大刀を作製した。と言っても、二つに分割できる黒鋼製の柄は俺が作り、その柄に剣脚を接合する作業は街の職人に依頼したようだ。


 新しい大刀である妖蛛大剣を手に入れた二人は嬉しそうだった。

「コウ師兄、大刀功孤炎で使うのに、妖蛛大剣なんですか?」

 セイランは『大剣』という名前に引っ掛かったようだ。

「剣脚は、両刃の剣のような形をしているから、大刀と呼ぶのもおかしいだろ」

 セイランは納得したように頷いた。


 二人には課題を出した。妖蛛大剣で剛狼を狩り、その毛で剛狼糸をつむぐというものだ。二人は気の制御が甘いので、煉丹炉を使って剛狼糸を煉成する事で鍛えようと考えたのだ。


 二人の修行は順調に進み、俺の修行も気星丹が用意できたので進むだろう。今の目標は気のレベルを第十四階梯にして高弟を目指す事だ。だが、それは当座の目標であり、最終的には不死者を目指す事になる。


―――――――――――――――――


【あとがき】


 今回の投稿で『第2章 内弟子修行編』が終了となります。次章もよろしくお願いします。

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