第18話 魔角戦鎚術の威力

 俺が白狼戦鎚を作ったり、魔角戦鎚術の修行をしているのは、魔境の外縁部より少し奥に入ったところに生えている薬草や霊草を採取するためだ。その辺りには剛狼ごうろう鎧猪よろいいのししなどの妖魔が棲み着いており、それらの妖魔を撃退できる者でないと採取は難しい。


 剛狼は鉄のように硬い毛で覆われた狼、鎧猪は鎧のように頑強な皮膚を持つ大猪である。これらの妖魔を倒すには威力がある攻撃、つまり白狼戦鎚と魔角戦鎚術が必要なのだ。


 俺が魔角戦鎚術の練習をしていると、ゼングが近付いてきた。

「いつも山刀を使っているのに、武器を変えたのか?」

「まあね。今は魔角戦鎚術を練習しているんだ」

「ふーん、コウは普通の外弟子と違った考え方をする事があるよな」


「どういう意味?」

「そんな柄の短い戦鎚だと、妖魔と戦う時に不利だろ」

「それだけ近付いて攻撃すれば、いいだけだよ」

「勇気があるな」


 それを聞いて苦笑いする。俺だってこのんで、リーチがない戦鎚を選んだ訳じゃない。身体が大きかったら、梅華槍術や重奏剣を選んで学んでいただろう。


 それからゼングと雑談を始めたが、途中でゼングが何か思い出したような顔をする。

「そう言えば、薬房で手伝いを募集していたぞ」

「手伝いって?」

「薬草の採取や調薬の下準備をするみたいだ」


 煉丹術も修行しているところなので、手伝いは煉丹術を学ぶ良い機会かもしれない。俺は募集に応募する事にした。


 本堂へ行って薬房の手伝いに応募すると告げると、すぐに薬房で働く事になった。

「お前は倉庫に行って、乾燥させたシシルア草を薬研を使って粉にしろ」

「分かりました」


 倉庫に行くと、二人の外弟子がシシルア草を粉にしていた。

「コウも手伝いに来たのか?」

 二人の外弟子というのは、アシンとジュンハイという若い男だった。ジュンハイは十代後半の若者で剣を得意としている。


「ええ、そうです」

 ジュンハイの質問に答えた俺は、倉庫の中を見回した。

「そこに道具とシシルア草があるわ」

 アシンが教えてくれた。俺は乾燥したシシルア草を取り、薬研で磨り潰して粉にする作業を始めた。二時間ほどの作業でシシルア草の粉末が溜まったので、それを持って調薬室に向かう。そこで薬を作っているのだ。


 調薬室では、内弟子たちが傷薬の万象傷軟膏を作っていた。この傷薬はシシルア草の粉末からエキスを抽出し、他の薬材と混ぜて万象傷軟膏を作っているようだ。


 調薬室の奥では、年配の内弟子が煉丹炉れんたんろを使って仙薬を作っていた。煉丹炉というのは、気や霊力を使って仙薬や霊薬を作る装置である。


 俺はどうやって仙薬を作るか観察した。内弟子は煉丹炉を両手で挟み込むように持ち、気を流し込んでいる。その気が煉丹炉の中で渦巻いているのを感じた。


 観察していたのは短い間だったが、煉丹炉の使い方や煉丹術に対する理解が深まった。本を読んで理解するには限界がある。実際に煉丹炉を使っている様子を見て気の動きを感じた事で勉強になった。


 その手伝いは三日ほど続けて終了した。薬房の手伝いをしている間に、煉丹炉の使い方を学べた事も収穫だが、薬房の顧客である薬屋のカン・ユーエンと知り合いになれたのも収穫だった。


 ユーエンは仙薬や霊薬についても詳しく、薬房で作られた薬を購入している。その購入代金は虚礼洞の収入源の一つになっているそうだ。


 その後、魔境の奥へ行く準備を始めた。魔角戦鎚術の技と縮地法を融合して『風斬り』の戦鎚版を完成させたのだ。


 その翌日、午前中の雑用を済ませた俺は、背負い袋を担いで魔境に向かった。虚礼山の裏に回って魔境の外縁部に下りると、奥へと進む。


 俺は腰の帯に山刀を差し、腰の後ろに白狼戦鎚を固定するという格好で歩いている。季節は春、木には若葉が伸びて枯れ草の下から若々しい草が生えている。


 途中、牙兎と遭遇して山刀で首を切り裂いて倒す。牙兎はすでに雑魚という感じだ。

「もう少し先だな」

 三十分ほど進んで外縁部の内側に入った頃から、目当ての薬草を見掛けるようになった。気旺丹を作るのに必要な薬材は、セルタン草、ボルビーク草、それに妖魔双槍鹿そうそうしかの角である。


 セルタン草は葉の部分、ボルビーク草は根に薬効があるという。気旺丹を作るのに必要な一回分のセルタン草とボルビーク草を採取した頃、獣の気配を感じて立ち止まる。


 低木の茂みの後ろから気配を感じたので、そちらに視線を向けて背中から白狼戦鎚を取り出す。その瞬間、茂みがザザッと激しく揺れて一匹の鎧猪が飛び出して来た。


 体長が二メートルほどもある大猪だ。初めて遭遇する大物に心臓を掴まれたような恐怖を感じた。それでも身体は動き、横に跳んで突撃を躱す。


 俺の横を通り過ぎた鎧猪が直径三十センチほどもある木にぶつかり、幹が『く』の字になるほど曲がった。そして、辺りに大きな衝突音が鳴り響く。


「うわっ、とんでもないパワーだ」

 それから何度も鎧猪が突撃してきた。最初は必死で躱すしかできなかったが、繰り返し躱しているうちにタイミングが分かってきた。


 そして、五度目の体当たりをギリギリで躱した俺は、白狼戦鎚に気を流し込んで戦鎚の金槌部分を鎧猪の背中に叩き付ける。その瞬間、気の衝撃波と白狼の爪による特殊効果が合わさり、『気爪撃きそうげき』と呼ばれる効果が発生した。


 その気爪撃による打撃で鎧猪の背中が爆ぜたように血肉を飛び散らす。しかし、その一撃は致命傷にならなかった。やはり急所に命中しないとダメなようだ。


 とは言え、ダメージを受けた鎧猪は動きが鈍くなった。次の体当たりを躱した時に、鎧猪の首に白狼戦鎚を叩き込む。すると、気爪撃の効果で首の血管ごと血肉が爆ぜて大量の血が流れ出す。


 少しの間、よろよろと歩いた鎧猪だったが、程なく地面に倒れた。その死を確かめた俺は、大きく息を吐き出してホッした。

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