第17話 基塁功と仙礎気闘術

 その日から仙礎気闘術をゼングとアシンに教える事になったのだが、問題が発覚した。仙礎気闘術は気のレベルが第三階梯になっている事が前提なのだが、ゼングとアシンはまだ第二階梯だったのだ。


「仙礎気闘術を教える前に、気のレベルを上げる鍛煉をしないとダメだな。二人はどんな気の鍛煉をしているの?」


「あたしは『夢帥法むすいほう』よ」

「俺は『遮営法しゃえいほう』だ」

 どちらも座禅を組んで瞑想しながら気を練る鍛煉法である。それらの鍛錬法が、ゼングとアシンに合っているか考えた。


 二人は動かないで瞑想する事を得意とするタイプではない。俺と同じで冥明功が合っていると思う。だが、冥明功を教えるのは抵抗があった。


 冥明功は気の鍛煉法の中でも優れたものであり、『冥明功初伝』が紛失した今では貴重な知識となっている。ゼングとアシンは仲間であるが、競争相手でもある。


 その競争相手に貴重な冥明功の知識を与えるのは、違うと思えたのだ。そういう考えがあるのに、仙礎気闘術を教えるのは矛盾していると思われるかもしれない。だが、仙礎気闘術は指南書が書庫にある。貴重だとは言えない。


 そこで思い出した。書庫に中に『基塁功きるいこう』という動功の指南書があり、内容が冥明功に似ていたのだ。それは普通の文字で書かれており、内容も冥明功の秘伝書に比べると雑だった。


「気のレベルが上がらないのは、鍛練法が二人に合っていないんじゃない?」

 ゼングとアシンは首を傾げた。

「今更、他に鍛練法に変えろと言うのか?」

 アシンは夢帥法を三年、ゼングは遮営法を四年ほど修行しているのに、まだ第二階梯だという事だから、やはり合っていないと思う。


「書庫に『基塁功』という動功の鍛練法があるから、それに変えた方が早く気のレベルが上がると思う」

「どうして、そう思うんだ?」

 ゼングが不満そうな顔をする。


「だって、ジッと座って瞑想するのは、得意じゃないだろ?」

 ゼングが『なぜ、バレた?』という顔をした。

「コウも動功なの?」

 アシンが質問してきた。俺は頷いて肯定した。


「俺は気の鍛煉を始めて一年も経たないうちに、第三階梯になった」

「本当なの?」

「嘘は言わないよ。だから、試しに基塁功の鍛煉をしたら、と思うんだ」


 俺の話を聞いたアシンとゼングは、基塁功の鍛煉を始める事にした。それから基塁功の指南書に沿って二人を指導した。


 ゆっくりした動きと独特の呼吸法を実践しながら、体内の変化を感じ取ろうとする二人。元々第二階梯まではできるので、すぐに気が体内を循環し始めた。


「その調子」

 俺は二人の気を感じ取り、やはりアシンとゼングには動功が合っていると思った。というのは、普段より気の循環がスムーズなのだ。


 それに気付いた二人は、より真剣に基塁功の鍛煉に取り組むようになり、二ヶ月ほどで第三階梯まで進んだ。それから仙礎気闘術の修行を始めた。ただ基礎を習得するのに半年ほどが掛かりそうだ。


 ゼングとアシンに仙礎気闘術を教える他に、俺は魔角戦鎚術の修行を開始した。魔角戦鎚術で使う戦鎚は、片側が平らな打撃部分で反対側が槍の穂先のように鋭く尖っているヘッドが付いているものを使う。


 しかも魔角戦鎚術の戦鎚は、妖魔の角や爪が組み込まれているものが良いと言われている。妖魔の角や爪には気や霊力を流し込むと特殊な力を発揮するものがあるのだ。


 その中の一つが白狼の爪である。俺は白狼の爪を組み込んだ戦鎚を鍛冶屋に発注した。金貨五枚という値段だったが、仕方ないだろう。ちなみに、普通の戦鎚なら金貨二枚程度で買える。


 魔角戦鎚術は単なる武術ではなく、特殊な攻撃で妖魔を倒すものだ。これを使い熟せるようになれば、敵を打撃した時に気の衝撃波を発生させる事ができる。そして、妖魔の角や爪は特殊効果をプラスする。


 高い威力を持つ武術なのに、魔角戦鎚術を修行する外弟子は少ない。それは魔角戦鎚術で使う戦鎚が柄を長くすると上手く機能しなくなるからだ。柄の長さが七十センチを超えると、その柄に流し込む気が漏れ出てしまい、威力が落ちる。


 つまり妖魔と戦う時に接近して戦う事になるので、外弟子は嫌がるという。この弱点を克服するには、二つの方法がある。一つは気のレベルを第八階梯にまで上げて制御力を強化し、長い柄でも気が漏れないようにする。もう一つは気の伝導率が高い特別な柄の材料を使うというものだ。


 今の段階では弱点の克服は無理なので、俺は素早さで接近戦を乗り切ろうと考えている。その日は注文した戦鎚を受け取りに、久しぶりに街に向かった。


 山には少し雪が残っているが、街中には雪がなく春という感じだ。話は変わるが、俺は身長が百四十センチを超え、もうすぐ十一歳になる。


 鍛冶屋に入ると声を上げた。

「すいません」

「おう」

 奥から声が聞こえ、ザオシー親方が出て来た。そして、俺の顔を見ると待っていろと合図する。


 すぐにまた親方が出て来た。

「これが注文の戦鎚だ」

 親方は運んで来た戦鎚を俺に渡す。それは普通の戦鎚に見えるが、中に白狼の爪が組み込まれているはずだ。俺は気を練って戦鎚に流し込んだ。すると、パンという音がしてヘッド部分から何か発せられ、空気が動いた。


「おい、店の中で試すのはやめてくれ」

「済みません。手応えだけ確かめようと思ったんですけど、気を流すとこうなるんですね」


 ザオシー親方がギロリと俺を睨んだ。

「知らなかったのか?」

「俺を何歳だと思っているんです」

 それを聞いた親方が笑う。

「そうだった。その歳で以前にも『白狼戦鎚』を使った事があるというのは、無理があるな」


 親方に礼を言って鍛冶屋を出ると、虚礼洞に戻り始めた。その途中の山道で白狼戦鎚の威力を試そうと思い、山の中に入った。直径四十センチほどの木の幹を的に、気を注ぎ込んだ白狼戦鎚を叩き込む。


 ドゴッという音が響き渡り、幹に戦鎚がめり込んで木が揺れる。幹には二十センチの陥没痕が残った。これなら大型の妖魔でも倒せそうだ。俺は思わずニヤッと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る