第16話 仙礎気闘術
仙礎気闘術の鍛煉を始めたインジェとシャオタンは、数日ほど鍛煉を続けて手応えを感じた。仙礎気闘術に書かれていた動きが、インジェが修行している重奏剣やシャオタンが学んでいる梅華槍術に応用できると気付いたのだ。
「どう思う?」
「コウの言っていた事は、本当だ。確かに仙礎気闘術は基礎となる武術だ」
それを聞いたシャオタンが頷いた。
「僕もそう感じたよ。だが、腑に落ちない事がある」
インジェがシャオタンに視線を向けた。
「腑に落ちないとは?」
「これほど重要な事を、指導するべき内弟子や長老が黙っていた事ですよ」
「当たり前すぎる事なので、言わなかった。……という事でもなさそうだ」
「そう考えると、残るのは二つだけです。外弟子自身が気付くのも修行の一つだと考えているのか、それとも外弟子が内弟子になるのを望んでいないかです」
「後者である可能性が高いな。嫌な連中だぜ」
「内弟子たちは、僕たちの事を競争相手だと考えているんですかね?」
そのシャオタンの質問にインジェが首を振って否定する。
「違うな。ただの雑用係だと考えているんだと思う。だから、武術の基本さえ教えたくないんだ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
インジェたちが仙礎気闘術の鍛煉を始めた頃、俺も仙礎気闘術で習得した動きと冥閃剣術の技を融合しようと工夫していた。
冥閃剣術は、相手との間合いを縮地法の歩法で一気に縮めて斬撃を放つ事を攻撃の
その冥閃剣術が仙礎気闘術の動きを応用する事で進化した。素早さと威力が段違いとなり、ある程度の妖魔でも倒せるのではないか、と思うほどになった。
冥閃剣術と仙礎気闘術の組み合わせは、それほど鋭い振りの攻撃を生み出した。ただ得物の山刀が、釣り合っていないようだ。俺は山刀を目の前に持ち上げて見詰めた。
「この山刀で木の幹を切ろうとしたら、耐えられないかもしれないな」
山刀を振る速度は、気による強化で何倍にも速くなっている。購入した山刀は分厚い刀身なので一、二回で壊れる事はないだろうが、使い続ければダメになりそうだ。
俺は山刀を握り、木の幹に向かって縮地法を使う。精緻な体重移動と気によって強化された脚力で身体が加速する。その歩法には『起こり』と呼ばれる予備動作がほとんどなく、瞬時に間合いを詰めて山刀が振られた。
風さえも切り裂くような勢いで振られた山刀が、木の枝に食い込みスパッと切断する。人の首なら一撃で斬り飛ばせそうだ。この技を『風斬り』と名付ける事にした。ただ『風斬り』は未完成だった。
起こりのない動き出しから、加速と山刀を振り切る動作が完全に一体となっていない。それが完全になったら、人が躱す事などできない攻撃になるだろう。
塀外舎の近くにある平らな場所で冥閃剣術の練習をしていた俺は、誰かが近付いて来る気配を感じた。
「ここに居たのか」
誰かと思えば、同期のゼングだ。どうやら、俺を探していたらしい。
「何か用?」
「インジェ師兄が探しているんだ」
「分かった」
俺はゼングと一緒にインジェの部屋に向かう。ドアをノックするとインジェの声が聞こえ、中に入るとインジェとシャオタンが待っていた。ゼングは用が済んだとばかりに自分の部屋へ去って行った。
「あれっ、シャオタン師兄もですか?」
「ええ、仙礎気闘術の事で話があったのです」
「書庫で話した事ですか? 何か間違っていました?」
「いや、君は正しかったよ。そこで相談したいのだが、仙礎気闘術の事を他の外弟子に教えてもいいだろうか?」
「仙礎気闘術については、本来秘密でも何でもない事だと思いますから、構いませんよ」
外弟子にも教えるような武術は、内弟子にとって基礎なのだろう。その基礎を秘密にしても意味がない。
インジェが俺に笑いながら頷いた。
「やはりコウは、度量が広いな。後十年もすれば、内弟子になれるかもしれないぞ」
冗談じゃない。十年も待っていられないぞ。長くても二、三年で内弟子になるつもりなんだからな。
「インジェ師兄、外弟子から内弟子になれた先輩は、それくらい時間が掛かったんですか?」
「そうだな。最低十年くらいは掛かったようだ」
「なぜ、そんなに時間が掛かったんです?」
「気のレベルを、第八階梯にするのが一番難しかったようだ。それに雷熊を倒せるようになるのも苦労した、と聞いている」
「雷熊は、重奏剣や梅華槍術で倒せないんですか?」
「倒せるようになるには、十年ほどの鍛煉が必要だ」
それほど雷熊は手強いという事だろうか。一度念入りに調査しないとダメだな。調査するにも、雷熊から逃げられる程度に強くなる必要がある。
それからも話が続き、インジェやシャオタンからいろいろと情報を引き出せたので、その日は有意義な一日となった。
その数日後、インジェたちが外弟子を集めて仙礎気闘術について説明した。それを聞いたゼングとアシンが、俺のところへ来た。
「仙礎気闘術というと、コウが練習しているやつだろ?」
ゼングが確認した。
「そうだけど」
「だったら、おれたちにも仙礎気闘術を教えてくれないか?」
教える事も自分自身の勉強になると聞いた事があったので、俺は基本だけで良いならという条件で引き受ける事にした。
「ところで、二人は仙秘文字の勉強はしているの?」
俺が尋ねるとゼングとアシンは視線を逸らした。仙秘文字が読めないので、俺に頼んできたようだ。基本を教えるくらいだったら、良いだろう。
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