第15話 道士の武術

 アシンが駆け寄って手当をしてくれた。御蔭で肩の怪我から流れ出ていた血が止まる。

「ありがとう」

「あたしこそ助かったわ」


 それから白狼の皮と爪を剥ぎ取り、肉は硬くて不味いそうなので捨てた。この山には多数の小型肉食獣が居るので、三日もすれば骨だけになるはずだ。ちなみに、小型肉食獣というのはネズミの事である。


「虚礼洞の長老に報告へ行こう」

 俺はアシンに言った。魔境以外で妖魔と遭遇したら、長老に報告する事になっている。虚礼洞の本堂へ行くと、ツェン長老のところへ行った。


 ドアをノックすると『入れ』という声が聞こえた。中に入ると六十歳ほどに見える真っ白な髪をしたツェン長老の姿が目に入る。


 ツェン長老は長老にまでなっている道士なので、実年齢は優に二百歳を超えている。道士はある一定のレベルを超えると、寿命が伸びるのだ。そのレベルというのが、十五階梯ある煉気期を卒業して霊成期れいせいきに入る事だ。


「外弟子のコウとアシンです。報告があって参りました」

「報告? 何事だ?」

「街からの帰りに、白狼と遭遇しました」

 それを聞いたツェン長老が眉をひそめる。


「その白狼は、どうしたのだ?」

 アシンがこちらに視線を向けた。

「コウが倒しました」

 ツェン長老が値踏みするように俺を見る。十歳の子供が白狼を倒せるものだろうかと疑っているのだろう。


「何かあかしはあるのか?」

 アシンが風呂敷に包んで運んできた白狼の毛皮を見せる。俺は荷物を背負っているので、毛皮はアシンが運んでくれたのだ。


「その真っ白な毛皮、間違いなく白狼の毛皮だな。証拠として提出しなさい」

 ツェン長老が何気ない口調で言った。それを聞いた俺は、ちょっと困ったような顔をする。この毛皮はなめして売るつもりだったのだ。


 俺は毛皮の頭のところだけ切り取ってツェン長老に渡した。

「証拠なら、頭だけで十分ですよね」

 ツェン長老ががこちらを冷たい目で見たが、文句は言わなかった。それ以上言うと、毛皮を取り上げようとしているのがバレる、と考えたのだろう。油断も隙もない爺さんだ。


 その翌日から、長老が周辺の山で妖魔狩りをするように外弟子たちに命じた。内弟子も参加して大々的なものになり、白狼ではなく刺突狼しとつおおかみの群れが発見され、道士たちにより駆除された。


 白狼の毛皮は、金貨六枚で売れた。その金額を知り、ツェン長老は油断ならないとあらためて思った。それはともかく白狼と戦って思った事がある。


 成長途中である俺は、非力なのだ。それを埋め合わせる何かが必要だった。そこで書庫にある巻物を全部調べた。そして、基礎より高度な仙術や武術に関するものは、瞬間記憶能力を使って記憶した。但し、そのほとんどは仙秘文字で書かれており、翻訳する必要がある。


 先にタイトルだけ翻訳すると、『仙秘文字文法学』『仙道理法』『妖魔の防具』『重奏剣じゅうそうけん』『梅華ばいか槍術そうじゅつ』『魔角まかく戦鎚術せんついじゅつ』『朱霊剣しゅれいけん』『仙礎せんそ気闘術きとうじゅつ』『鬼王きおう戦斧せんぷ』だった。


 その他にも武術や仙道に関するものがあったが、普通の文字で書いてあり、一般的な武術だった。一般的な武術が悪いという訳ではない。ただそういう武術は、戦う相手を人間に限定している。妖魔との戦いには、あまり役立たないだろう。


 俺は魔境の少し深い場所へ行き、気のレベルを上げるために必要な気旺丹を作る材料を探すつもりなのだ。そのためには、その辺に棲み着いている妖魔を倒さなければならない。


 妖魔を倒せる武術となると、先ほど挙げた武術のどれかを学ぶという事になる。本堂の書庫にはもっと凄い武術があるかもしれないが、入れないのだから仕方ない。


 雪が積もって外での活動が制限される期間を使い、これらの仙秘文字で書かれた書物を翻訳した。まず『仙秘文字文法学』を翻訳し、それを勉強してから他の本を翻訳する。


 その翻訳作業の御蔭で仙秘文字で書かれた文章がある程度読めるようになった。翻訳の結果、分かったのは重奏剣、梅華槍術、朱霊剣、鬼王戦斧の四つは、習得するのが難しいという事だ。


 重奏剣、梅華槍術、鬼王戦斧の三つは、長い剣や槍、それに重い斧を使う武術なので、筋力と体格が貧弱な俺には向いていない。そして、朱霊剣は煉気期である道士が目指す次の段階『霊成期』になると使えるようになる霊力を利用した剣術だった。


 そんな剣術の指南書が、外弟子が見る書庫にあるというのがおかしかった。それは悪意さえ感じる。『どうせ習得できないが、高級な武術の指南書を見せてやるよ』みたいな感じである。


 『仙道理法』は仙道の知識を深めるために必要なテキストだった。内弟子が煉気期から霊成期へ進むために必要な知識が書かれていた。そして、『妖魔の防具』は妖魔から剥ぎ取った部位から防具を作る方法が書かれていた。


 調べた結果、俺は仙礎気闘術と魔角戦鎚術を学ぶ事にした。仙礎気闘術は気を使って身体強化しながら素手で戦う武術であり、道士の戦い方の基本となる動きを学べるようになっていた。


 この仙礎気闘術を学ぶ者は多いのだろうと思い、司書のシャオタンに確認すると多くはないという返事だった。なぜかと尋ねると、素手の武術では妖魔は倒せないからだという。


「どうかしたのか?」

 俺が納得できないという顔をしたからだろう。シャオタンが質問した。

「この仙礎気闘術は、気を使って戦う時の基礎です。これを学ばずに別の武術を学ぶというのは、効率が悪いような気がして」


 それを聞いたシャオタンが難しい顔をする。

「それは本当なのか?」

「実際に試した事がないので、そんな気がするだけです」

 シャオタンが真剣な目で仙礎気闘術の指南書を見詰めていた。俺は少林寺拳法と冥閃剣術の練習を続けながら、仙礎気闘術の練習を始めた。


 この仙礎気闘術では、気の流れを阻害する動きがある事を指摘していた。変に力んだり、姿勢が悪いと気の流れが阻害されてしまうようだ。


 仙礎気闘術では体当たりのような技法がよく使われている。体重と気を同時に使い、敵に大きなダメージを与えるような動きが多い。力強い動きであるが、勢いで行うのではなく精密に計算された動きで気と体重を攻撃に乗せるようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「インジェ、ちょっといいか?」

 街に行こうとしているインジェを、シャオタンが呼び止めた。

「何だ?」


「コウは何者なんだ?」

「どういう意味?」

「先日、仙礎気闘術について話したんだ。それで先輩である我々が仙礎気闘術を学ばないのは納得できない、と言われてしまった」


「仙礎気闘術というと、素手で戦う武術だろ。あれじゃあ、妖魔は倒せない」

「それが仙礎気闘術というのは、道士が戦う場合の基礎になると言うんだよ」

「ちょっと信じられないな。それがどうしたんだ?」

「試してみようと思うんだが、インジェも一緒に試さないか?」


 インジェが首を傾げた。

「なぜ僕もなんだ?」

「一人だと、偶々体質に合っていたという事もあるだろ」

「なるほど、分かった。付き合ってやるよ」

 インジェとシャオタンは、その日から仙礎気闘術の鍛煉を始めた。

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