第14話 白狼

 最初に仕立て屋に向かった。店に入ったアシンは生地選びから始め、どういう服にするか時間を掛けて説明して注文した。


 注文を終えた後、仕立て屋の主人が俺たちのダウンジャケットに目を向けた。

「お客様が羽織られている服は、珍しいものですね」

 アシンが嬉しそうに笑う。

「少し不格好に見えるけど、とても軽くて温かいのよ。寒い時期には手放せなくなるの」


 主人が見せてくれと言うので、俺がダウンジャケットを脱いで主人に渡した。それを手に持って重さを量る主人。その顔に驚きが浮かんだ。


「驚きました。もっと重いものかと思っていました」

「中身が綿とは違うから、その差かな」

 それを聞いた主人が、ハサミを手に取った。その目が異常なほどキラキラしている。


「言っておきますが、ハサミで糸を解いて中身を調べようとするのは、お断りします」

「ちゃんと元に戻しますから」

「ダメです。これから買い物に行くんです」

 残念そうな顔をした主人が俺にダウンジャケットを返した。


 仕立て屋を出た俺たちは、道具屋に向かう。その道具屋は煉丹術で使う道具を売っている店で、薬研やげんと呼ばれる薬材などをいて粉末にしたり、磨り潰して汁を作ったりするための器具や乳鉢や乳棒なども売っていた。必要なものを買うと金貨五枚が消えた。


 それから武器屋に向かった。いつまでも武器庫の剣を借りる訳にはいかないので、自分の剣を買おうと思ったのだ。中に入ると様々な武器が並んでいる。


「ん? チアン商会の小僧じゃないか」

 俺を目にした親方が話し掛けてきた。

「もうチアン商会は辞めました。今は虚礼洞の外弟子です」

「ほう、道士になったのか。今日は武器を買いに来たんだな?」


 コウは頷いた。

「片手剣が欲しいんです。安い片手剣はないですか?」

 俺の予算を聞いた親方は渋い顔をする。

「弟子が打った武器になるぞ」

「出来がいいなら、構いません」


 親方は何本かの片手剣を見せてくれた。その中には刃長が四十センチほどの山刀も含まれており、俺はその山刀を選んだ。他の片手剣は長いのだが、厚みがなく妖魔と戦えば折れそうだった。山刀と鞘の代金を払うと、貯めていた金のほとんどがなくなった。もう溜息しか出せない。


 重い荷物を背負い、来た道を戻り始めた。

「コウは煉丹術も勉強しているの?」

「始めたばかりですけどね」

 アシンが首を傾げた。

「どうして煉丹術?」

「気のレベルを上げるのに、仙薬や霊薬が必要だと書いてあったので、自分で作ろうと思っているんです」


「偉いわね。そんな先の事を考えているんだ」

 アシンの気のレベルを調べると、第二階梯だと分かった。仙薬が必要になるのは、第六階梯の鍛煉からなのでもっと先の話なのだろう。


 虚礼洞への登り坂を登り始めて二十分が経過した頃、嫌な気配を感じて立ち止まった。アシンが俺に目を向ける。


「どうかしたの?」

「嫌な気配を感じた」

 そう言いながら荷物を下ろし、山刀を抜いた。それを見たアシンも背負っていた戦棍を手に持った。俺は気配を探りながら周囲を見回す。すると、右手の方向から大きな白い狼が現れた。


「まさか、妖魔?」

 魔境から出た妖魔が人里に現れるのは珍しい。但し、魔境に近い地域では何度もあった事のようだ。

「あれは妖魔よ。確か『白狼はくろう』という名前だったはず」


 その白狼は体長が百八十センチほどで体重が百キロ以上ありそうだった。その特徴である真っ白な毛並みは、輝いているように見える。


 俺は体内で気を練り上げ、そのレベルを上げた。その瞬間、感覚が鋭くなり、遠くまで見えるようになって世界が広がる。それだけではなく僅かな音も聞こえるようになり、遠くの気配を感じられるようになった。


 それから冥閃剣術の教えに従い全身から無駄な力を抜く。白狼を見て緊張していた身体が、リラックスした状態に戻った。アシンをチラッと見ると青い顔をしている。


「アシン、こいつは俺が仕留めます。だから、剥ぎ取ったものはもらってもいいですか?」

「な、何を言っているの? 一人で戦うという事?」

「ええ、一人で戦います。少し下がってもらえますか」

 アシンは頷いて下がった。


 俺は山刀を買って良かったと思った。素手だったら、絶対殺されていた。白狼が唸り声を上げながら近付いて来る。狼というより、虎が迫って来るような迫力がある。


 白狼が跳躍すると襲い掛かってきた。思った以上に速い。ギリギリで躱したが、白狼の爪が左肩を掠った。その瞬間、左肩に衝撃が走って肩から血が噴き出した。


 おかしい。白狼の爪が掠めたが、皮一枚の深さだったはず。こんな血が出るほど深くなかった。着地した白狼がまた俺に爪を立てようとした。それを完全に躱して山刀を白狼の脇腹に叩き込む。


 新しい山刀が白狼の脇腹に食い込み、その肉を切り裂いた。致命傷にはほど遠いが、大量の血が流れ出している。白狼が吠えながら前足を振り回し、その前足が立木に当たった。すると、実際の爪より大きな爪痕が幹に刻まれた。


 あの爪は何かの力を持っているようだ。

「コウ、大丈夫なの?」

 アシンが声を上げた。肩を怪我したので心配になったのだろう。

「も、問題ないから、任せて」


 大丈夫ではなかったが、そう言うと白狼に神経を集中した。白狼が首を狙って噛み付こうとするのをギリギリで躱し、気を使って三倍に強化した力で山刀を腹に突き刺す。手応えがあり、そのまま体重を預けるようにして切り裂いた。


 その一撃で死ななかった白狼も、大きなダメージを受けてよろよろしている。チャンスだった。素早く駆け寄った俺は、白狼の首を切り裂いた。


 白狼が地面に倒れて動かなくなる。どうにか勝ったようだ。

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