第11話 独角猿

 俺が虚礼洞で生活を始めて十日ほどが経過した頃、珍しく内弟子が塀外舎を訪れた。ニィ・リキョウとフェイ・カンルウという二十代後半の男だ。その二人が外弟子たちを集めた。


「ツェン長老からの指示を伝える。最近、万象傷軟膏が不足している。外弟子は魔境へ行って、シシルア草を集めてくれ」


 外弟子たちがガヤガヤと騒ぎ始めた。その中には一緒に合格したコアン・ゼングともう一人の合格者であるモウ・アシンという少女も居た。


 ゼングとアシンが俺の傍に来た。

「こういうのは、頻繁にあるのか?」

 ゼングより先に来ていた俺に尋ねた。

「いや、初めてだよ。そんなに頻繁にはないと思う」


 アシンが小声で尋ねた。

「シシルア草というのを、知っている?」

 小遣い稼ぎに必要だと思ったので、金になる薬草は記憶していた。シシルア草はタンポポに似ている薬草で、この季節だと黄色い花を咲かせている。その薬効は根の部分にあり、根ごと採取する。それを二人に説明した。


「一緒に行かないか?」

 ゼングが提案した。話を聞いただけでは自信がないようだ。俺が頷くとアシンも一緒に行くと言い出した。


「女性の先輩たちと一緒に行かなくていいの?」

 俺が尋ねると、アシンは首を振る。

「まだ親しくなっている先輩が居ないの」

 ゼングとアシンは、塀外舎へ来たばかりなので、俺に尋ねる事がよくある。歳下なのにと思うが、先輩より俺の方が話し掛けやすいのだろう。


 俺たちは武器を借りるために武器庫に行った。やはり片手剣を借りて魔境へ向かう。

「自分の武器は用意しないの?」

 アシンが質問した。

「いずれは購入するつもりだけど、今は金がないんだ」


 アシンは両親に戦棍を買ってもらったという。六十センチほどの柄の先端には、鋼鉄製の棘が多数付いている。凶悪そうな武器だ。それを小柄で可愛い系のアシンが嬉しそうに持っているので、ちょっと引いた。


 ゼングは背が高く鍛えられた肉体の持ち主で、両親が武術家だという。剣や槍、棒を習っており、その中でも槍が得意だそうだ。今日は実家から持ち込んだ槍を持っている。


「コウの剣術は、何という名前なんだ?」

「冥閃剣術だ。ゼングが習っているのは?」

「おれの槍術は、『長星槍術』というんだ。古くから家に伝わる武術らしい」

 ゼングは武術に関して自信を持っているようだ。


 俺たちは虚礼山の中腹にある山道を進んで山の裏側に出た。そこから山を下りると魔境の外縁部に辿り着く。この外縁部にシシルア草があるはずなのだ。


 三人で外縁部を西へと向かう。間違っても魔境の奥へと行くような事はしない。それさえ守れば、強い妖魔と遭遇する事はないと先輩たちから聞いていた。


「あれじゃないか」

 俺はタンポポに似た草を見付けて近付いた。葉っぱをひっくり返すと特徴的な白い筋がある。この筋があるのが、シシルア草である。


「これがシシルア草か。どんどん集めようぜ」

 シシルア草の実物を見たゼングが張り切って声を上げた。それから次々にシシルア草を見付け、根元を掘って回収した。採取したシシルア草は背負い袋に入れる。リュックに似ているが、布と紐で出来たシンプルなものだ。


 目標の半分ほどを集めた時、前方から何かが近付いて来る気配を察知した。俺がいきなり剣を抜いたので、ゼングとアシンが慌てて身構える。


「どうした?」

 ゼングが声を上げる。

「何かが近付いて来る。気を付けて」

 気のレベルが第三階梯になった頃から、気配に敏感になっていた。俺たちが見守る中、木陰から大きな猿が二匹出て来た。身長が百六十センチほどで、俺より大きい。


「こいつ、額に一本角がある。独角猿だ」

 ゼングが知っている妖魔だったらしい。普通の猿にしては大きいので変だと思ったが、妖魔なのか。独角猿が近付いて来る。その時には気のレベルを第五階梯にまで高めており、戦う準備はできていた。


 一匹の独角猿が跳躍すると上から襲い掛かってきた。ゼングが槍を突き出して迎撃する。俺は同じタイミングで回り込むと、独角猿の脇腹に剣の切っ先を突き入れる。


 独角猿は槍の穂先を腕で払って防いだが、俺の攻撃に対応できなかった。剣の切っ先が独角猿の脇腹にめり込み、肺を傷付けた。猿の妖魔は悲鳴を上げて逃げようとする。そこにアシンが走り込んで、戦棍を頭に叩き込んだ。ふらふらと足取りが覚束なくなった独角猿に、ゼングの槍がトドメを刺す。


 それを見た残りの一匹が吠えながらゼングに襲い掛かった。独角猿は鋭い爪で引き裂こうとするが、それを槍で防ぐゼング。俺は跳び込んで独角猿の背中を薙ぎ払う。手応えがあったが、独角猿の筋肉は硬く傷が浅い。


 独角猿が振り向いて俺に向かって爪を伸ばす。その時、アシンが戦棍を独角猿の後頭部に叩き付けた。チャンスだ。俺は独角猿の首を剣で切り裂いた。


「ふうっ、何とか倒せた」

 そう呟いた時、ゼングが倒れている独角猿を見下ろしていた。

「こいつの肉は不味いんだよな」

「そうなの?」

「ああ、煮ても焼いても硬いんだ」


 俺は独角猿の毛皮を撫でた。思っていた以上に手触りが良い。それに暖かそうだった。

「こいつの皮を剥ぎ取ろう」

「えっ、剥ぎ取ってどうするんだ?」

 ゼングがピンと来なかったようだ。

「これから寒くなるから、布団の代わりに寝台に敷こうと思うんだ」


 ゼングとアシンが感心したように頷いた。それから苦労して独角猿の皮を剥ぎ取った。これをちゃんとした毛皮にするのは、専門の職人に頼む必要がある。


「ちゃんとした敷物にするには、三匹ぐらい必要だな」

 ゼングが言う。それを聞いてアシンが頷いた。

「だとすると、三人分で九匹ね」

 アシンも毛皮の敷物が欲しくなったようだ。シシルア草集めは何日か続きそうなので、その間に九匹分くらいは集まりそうだ。


 シシルア草集めは四日間続いた。その間に十二匹の独角猿を仕留め、その皮を皮職人に頼んで毛皮の敷物に加工してもらう。


 職人に四枚の敷物を作るように依頼したので、ゼングが首を傾げた。

「三枚じゃないのか?」

「余った一枚は、売って職人への支払いにてる」

 それを聞いたゼングとアシンは笑った。

「コウって、本当に頼りになるな。十歳だなんて信じられないよ」


 ちょっと時間が掛かったが、出来上がった毛皮の敷物は長方形になるように縫い合わせてあった。手触りは満足できるもので、ムシロの何十倍も良い。


 それに余った一枚を売ると結構な収入となった。弱いと言っても妖魔の毛皮なので、丈夫だという理由で高くなったようだ。その収入を職人への加工代にする。


「これって、いい収入源になるんじゃない?」

 アシンが言うと、ゼングが頷いた。三人は話し合って独角猿狩りを続ける事にした。

「でも、先輩たちはなぜ独角猿狩りをしないのかな?」

 インジェたちが独角猿狩りをしていないようなので、グンゼは不思議に思ったようだ。


「そう言えば、熊や虎の敷物は有名だけど、猿の敷物というのは聞いた事がない」

 俺が言うとアシンが頷いた。

「普通の猿は小さいから、敷物にするには数を集めなければダメよ。小さな毛皮を縫い合わせて敷物にするには手間が掛かる。それで猿の敷物は作られないのかも」


 妖魔の独角猿が例外的に大きいという点に注目する者が居なかったのだろう。まあいい。それより冬が近くなったから、掛け布団の代わりになるものも欲しい。

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