第10話 書庫の巻物

「紹介しよう。司書のジン・シャオタンだ。こっちは新しく外弟子になったコウだ」

「よろしくお願いします」

「書庫の本や巻物については、何でも聞いてくれ」

「ここの本は、何でも読んでいいんですか?」


「残念だが、煉気期の階梯により制限がある。それに一部は仙秘文字で書かれたものもあるから、たぶん読めないと思う。コウの気のレベルは?」


「第五階梯です」

 それを聞いたインジェとシャオタンが顔を見合わせた。

「本当に第五階梯?」

「やってみせましょうか?」

 俺は気を練り始め、気を第五階梯まで高めた。その気が身体の外にまで漏れ始めると、インジェとシャオタンの二人にも分かったようだ。


「うわっ、本当に第五階梯だよ」

 インジェが驚いていた。俺はなぜ驚くのか分からなかった。外弟子とはいえ道士なのだから、第五階梯くらいは通過点にすぎないはずだ。


「どうして驚いているんです?」

「外弟子は、第三階梯になれずに道士を辞める者も多いんだ」

「でも、内弟子になった人も居るんじゃないですか?」


 二人が苦い顔になる。

「居ない事もないが、ほとんどは諦めて虚礼洞を去って行ったよ」

 インジェが苦い表情を浮かべたまま言う。

「内弟子になるのは、そんなに難しいんですか?」


 それを聞いたシャオタンが、仏頂面で頷いた。

「内弟子試験では、気のレベルが第三階梯であれば合格ですけど、外弟子から内弟子になるには第八階梯に達する必要があるのですよ」


「納得できませんね。第三階梯と第八階梯では違いすぎます」

 宗門の上の連中は本気で外弟子を育てようと考えていないようだ。単に労働力が欲しくて外弟子という制度を設けたのかもしれない。


「内弟子になる条件は、それだけなんですか?」

「いや、仙秘文字が読めるようになり、雷熊らいくまを倒すと内弟子になれる」


 厳しすぎると感じた。前世で刑事だった俺は、キャリアとノンキャリアの違いを連想した。キャリアは国家公務員試験に合格して警察庁へ入った警察官僚で、地方公務員として警察に入ったノンキャリアとは出世も給料も違う。


 ノンキャリアがどんなに頑張っても警視総監にはなれないのと同じで、ここの宗門で頑張っても外弟子出身は上に行けないのだろう。ただ俺は宗門の中で出世したいとは思っていない。


 強くなりたいのだ。それには内弟子となって長老から直接教えを受けるのが近道だろう。なんとか内弟子にはなりたい。


 シャオタンにどこまでの本を読めるのか確かめると、左から六つまでの本棚に収められている本は読んで良いという。本棚は全部で七つあるので、禁止されたのは七番目の本棚だけである。明日から書庫の本を調査しよう。


 朝起きると水汲みである。外弟子たちは協力して湧き水を組み上げ、九ヶ所に設置してある大きな水瓶を一杯にする。その方法は桶に湧き水を汲んで担いで運び、水瓶に入れるという肉体労働である。気を使って筋力を上げる鍛煉だと言われているが、ちょっと疑問だ。


 朝食の時間になると、中断して食事をしてからまた水汲みを続け、昼頃に終わるようだ。食堂では昼食は出ない。その代わりに自炊して食べるのは問題ないらしい。


 俺は昼食を食べずに書庫に行くと、一番左の棚本から調べ始めた。そのほとんどは仙道の基礎知識に関するものだった。これを先に読んでいたら、試験の時に満点を取っていただろう。


 もちろん一日では調べきれずに何日か掛けて調べた。二番目の棚には気の基礎知識などに関する本が多かった。三番目の棚には歴史書、四番目と五番目の棚には武術の本が多くなる。


 ただ武術書は徒手格闘から剣、槍、斧などの武器を使うものなど様々で、数が多すぎて何を選んだら良いのか迷うほどだ。


 そして、最後の六番目の棚には仙秘文字で書かれた巻物が並んでいた。ここの先輩たちは、この中から一つの巻物を選んで仙秘文字を解読し、中の武術や気の鍛煉法を習得しているようだ。


 俺も巻物を一つずつ調べて自分に最適な武術や気の修練方法を選び始めた。

「ん? これは……」

 六番目の棚の下の段にあった巻物を手に取った。その巻物には『冥明功中伝』と書かれていた。それを持って司書のシャオタンのところへ行って読む許可をもらった。


 部屋の中央にあるテーブルの上に巻物を広げて読み始める。ただ仙秘文字で書かれているので、記憶している仙秘文字辞書で調べながら解読する事になった。分厚い辞書を使って調べるよりは早いが、それでも時間が掛かる。


 『冥明功中伝』には第六階梯から第十階梯までの気の修練方法が書かれていた。ただ第六階梯以上になるには、仙丹の助けが必要になるようだ。


 仙丹というのは、様々な薬草や霊草などの材料から作った霊薬や仙薬の事である。『冥明功中伝』には必要な仙薬の作り方が書かれており、その仙薬は『気旺丹きおうたん』と呼ばれているようだ。


 問題は気旺丹の材料が魔境でしか採取できないという事だ。購入する事はできるかもしれないが、たぶん高額なので買えないだろう。


「自分で薬材となる薬草を採集に行かないとダメか。でも、魔境なんだよな」

 魔境には熊や狼、虎などの危険な野生動物の他に、妖魔も居る。最弱な牙兎でも人間を簡単に殺せるほど妖魔は強いのだ。冥閃剣術だけでは心許ない。


 冥閃剣術は強力な武術だが、どちらかというと対人用のものだ。この剣術で妖魔を倒すには、名剣、宝剣と呼ばれるような特別な剣が必要になるだろう。……はあ、買えないな。


 取り敢えず、『冥明功中伝』を瞬間記憶能力で頭に刻み込む。その様子を見ていたシャオタンが近付いて来た。


「コウは、仙秘文字を読めるのか?」

 俺は首を振って否定した。

「いくつかの文字を知っている、という程度です」

「そうなのか。辞書も使わずに仙秘文字の文章を見ているから、読めるのかと思ったよ」


「気の修練方法が書かれた本みたいなんですが、この初伝はないんですか?」

「『冥明功中伝』か。これは初伝が消失したので、ここに流れてきたものだ。内弟子の連中が何かへまをしたんだろう。残念だ」


 初伝がないので、習得するのが難しくなっているという。文章の中に『初伝で書かれているように』とか『第三階梯と同じように』という言葉で表現されており、その部分が意味不明になっているのだ。


「奥伝はないんですか?」

「奥伝は、まだ本堂の書庫にあるようだ」

 本堂というのは、内弟子たちが修行している建物で、そこに書庫や薬房がある。ちなみに、外弟子は本堂の書庫に入る事を許されていない。

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