第9話 外弟子の生活
イーミンが戻って来て合否を発表した。俺は不合格だと思っていたが、合格だと告げられて嬉しさが込み上げてきた。
「本当に合格なんですか?」
「コウの場合は、筆記試験が合格点に達していなかった。だが、入門してから学ぶ事もできるだろうと判断した。ちゃんと勉強するんだぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
それから外弟子となった俺たちに説明があった。外弟子は
問題はどうやってチアン商会を辞めるかだが、ユウロンが合格していれば辞めやすい。そう言えば、内弟子試験は終わったのだろうか?
「イーミン
俺はイーミンに確認した。ちなみに、『師兄』というのは兄弟子という意味だ。
「いや、まだだ。知り合いが受けているのか?」
「はい」
後
塀外舎には十日以内に入れば良いらしい。イーミンは、外弟子になった俺たちに入門証を配布した。横六センチ、縦八センチほどの板に虚礼洞を意味する焼印が押され、その下に俺の名前が書かれている。
礼を行ってから外に出た俺は、門の前でユウロンを待った。元の世界で言う一時間、こちらの世界で半刻が経過した頃、ユウロンが笑いながら出て来た。どうやら合格したようだ。
「お前、待っていたのか?」
ユウロンが俺を見付けて声を上げた。そして、荷物を俺に向かって放り投げる。俺は荷物をキャッチし、分からないうように溜息を吐いてからユウロンの後ろを歩き始めた。
チアン商会に戻ったユウロンは、父親に内弟子試験に合格した事を報告した。
「でかした。これで虚礼洞との繋がりができた。道士はいい服を着ているからな。必ず商売になる」
俺はユウロンの後ろで聞いていたが、主人が機嫌が良い今なら辞めると切り出す好機だと判断した。
「旦那様、ユウロン様が虚礼洞へ行かれるのなら、私はどうなるのです?」
チアン・シャオウがギロリと俺を睨んだ。
「ふん、他の雑用をするだけだ」
「えっ、まだ雑用をするのですか?」
「嫌なら、辞めてもいいのだぞ」
他に行く当てがない俺を雇っている自分に感謝しろ、と言いたそうな目だった。
「それでは辞めます。今までありがとうございました」
俺はペコリと頭を下げて部屋を出て行こうとした。
「待て、何を考えているんだ。故郷にでも帰ろうというのか?」
「いえ、やりたい仕事を見付けたので、職を変えようと思うのです」
シャオウが眉をひそめた。
「馬鹿なやつだ。どうせ叶わない夢でも見ているのだろう。そういうやつに限って最後には野垂れ死にするのだ。勝手にしろ」
「失礼します」
俺はそう言って部屋を出た。ユウロンが冷たい視線で俺を見ているのに気付いた。ちょっと溜息が出そうになる。このユウロンとは同じ宗門で生活する事になるので、また顔を合わせる事もあるだろう。それだけはちょっと憂鬱だ。
俺は荷物を纏めて店を出た。同僚は馬鹿なやつだという目で俺を見ていた。道士となって成功するかは分からないが、弱いままでいるのは嫌だった。今でも野盗に襲われた時の事を夢に見る。怯えて泣きそうになっている子供たちの顔が脳に焼き付いている。
俺は街の宿屋で一泊してから、翌朝早くに虚礼洞へ向かう。昨日は山まで馬車で行ったので早く着いたが、歩くと時間が掛かった。
門番に入門証を見せて中に入り、イーミンから聞いた塀外舎へ向かう。宗門の周囲に建設された塀の一部が途切れ、その先は斜面になっていた。その斜面を
その古い建物に近付くと、三十歳くらいの男性が出て来た。その男がこちらに目を向ける。
「見ない顔だな。もしかして新しい外弟子か?」
「そうです。今日からよろしくお願いします」
男は値踏みするように俺を見た。
「名前は?」
「デン・コウです」
「私はファン・インジェだ。分からない事があれば、何でも聞け」
「ありがとうございます。部屋はどこを使えばいいですか?」
「左側の一階が空いている。そのどれかを使えばいい」
俺は礼を言って中に入った。寮のような小さな部屋が並んでおり、左側へ行くとドアに名前が書いていない部屋がいくつかあった。
入り口に近い部屋を選んで中に入る。五畳くらいの広さで寝台だけがあった。後ろで気配がしたので振り返ると、インジェが立っていた。
「ムシロは納屋にあるから、それを使ってくれ」
内弟子にはちゃんとした布団が用意されているが、外弟子はムシロを使っているという。ムシロというのは藁などで編んだ敷物だ。
納屋からムシロを持って来て寝台に敷くと寝てみた。やっぱりチクチクするのでムシロは嫌いだ。これから寒くなるので何か用意しよう。
食事は食堂で食べられるようだ。しかも無料なので食費の心配をする必要はない。但し、それほど美味しい料理ではないという。食材はジャガイモと魔境の森で狩った動物の肉がメインだそうだ。
食べ物については前世で食べていたものと似ているものが多い。小麦、米、大豆、蕎麦、各種野菜などはほぼ同じようなものがあった。但し、庶民の料理はシンプルなものが多く、素朴な味のものがほとんどだ。それでも美食家ではない俺には、文句がなかった。
ただ時々カレーやラーメンが無性に食べたくなる事がある。まあいい、広い世界には似たような料理があるかもしれないので、それを探そう。
俺は聞いておきたかった事を思い出した。
「外弟子に課せられる雑用というのは?」
「基本は水汲みと掃除だ。コウには水汲みをしてもらう。午前中は水汲みで、午後から自由となる。何か学びたい事があるか?」
「内弟子の人が教えてくれるんじゃないんですか?」
インジェが肩を竦めた。
「指導する内弟子は存在するが、基本は自分で学ぶ事になる。そのための書物は二階の書庫にある。但し、司書が管理しているので、見る時に許可を取ってくれ。それに書庫から持ち出すのは禁止だ」
書庫にある書物は高価だという事だ。インジェに頼んで書庫に案内してもらった。
「ここが書庫だ」
二階に上がって中央付近にあるドアを開けると、二十畳ほどの部屋が見えた。そして、壁際には数多くの書棚が並んでおり、そこは数多くの本と巻物で埋まっていた。
俺にとって宝の山だ。
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