第8話 妖魔牙兎
次々に気の試験が終わり、最後に俺の番になった。試験官イーミンの前に進み出ると、自然体で立って指示を待つ。
「それじゃあ、第一階梯だ」
俺はすぐに気を発生させた。イーミンが少し驚いたような顔をする。
「気の発生が素早いな。相当鍛煉したのだろう。よし、第二階梯だ」
俺は気の発生量を増やし、体内を循環させる。それを確認したイーミンは、納得したように頷いた。
「いいだろう。気の試験は合格だ。ところで第三階梯もできるのか?」
俺は返事をせずに気のレベルを第三階梯に進めた。
「見事だ。文句ない」
イーミンが笑いながら言った。
「武術の試験は、どういうものなんです?」
俺は試験官に尋ねた。
「魔境の外縁に居る
牙兎というのは、全長百二十センチほどの大ウサギで鋭い牙を持つ妖魔だった。それを聞いて受験者全員が意外だという顔をする。今までなら試験官と戦うというのが通例だったからだ。
俺は通例も知らなかったが、妖魔と戦うと聞いて驚いた。
「試験官と戦うと聞いていました。なぜ今年は牙兎と戦うのです?」
ゼングが質問した。それを聞いたイーミンが溜息を漏らす。
「去年の合格者が薬草取りに行き、牙兎と遭遇して亡くなった。妖魔の中でも最弱と言われる牙兎に殺られるというのは、合格基準が甘すぎるからだと問題になったのだ」
そう言えば、俺は武器を持っていない。
「済みません。武器はどうするのです?」
「宗門にある予備の武器を使ってもらう。もちろん自前のものがあるなら、それを使ってもいい」
俺たちは外弟子専用の武器庫に案内された。ほとんど物置みたいなもので、中には中古の剣や槍、斧などがあった。そこにある武器はあまり良い品質の武器ではないので、小型の片手剣を選んだ。
ゼングは槍を選び、女性二人は戦棍、残りの男性は剣を選んだ。俺が選んだ片手剣は両刃の細い剣で、少しサビが浮いている。他の武器も同じようなものだったので、取り替える事はしない。
「武器を決めたら、外へ行くぞ」
イーミンの合図で全員が外へ出た。宗門が存在する山は虚礼山と呼ばれており、その山の北側に広がる魔境の外縁部へ向かう。
魔境の外縁部に到着し、イーミンが目を瞑って何かしている。その身体から気を感じたので、気を使っているの分かった。
「あっちだ」
イーミンが左手の方向を指差した。少し歩くと一匹の牙兎が、木の下で寝ているのが目に入る。
「最初は、ゼングだ」
小声で指示を出したイーミンに、ゼングが黙って頷いた。両手で槍を握り締めたゼングがゆっくりと牙兎に近付く。
すると、牙兎が気付いて起き上がり、顔を歪めて牙を剥き出しにしながら唸り声を上げた。少し遠くから見ていたが、ウサギだというのに全然可愛くない。
それどころか凶暴だった。牙を剥く出しにしたままゼングに襲い掛かった。それをゼングが槍の穂先で叩いた。地面に転がる牙兎が、起き上がろうとした。そこに走り寄ったゼングが槍で滅多打ちにする。ボロボロになった牙兎に、ゼングが槍を突き出してトドメを刺した。
「よし、武術試験は合格だ」
別の牙兎を探し、次の受験者の番になる。その女性受験者は、牙兎を怖がっていた。結果、牙兎に噛まれそうになり、イーミンが助けた。
その次も十五歳くらいの女性受験者だったが、牙兎を戦棍で滅多打ちにして倒した。試験は進み、ここまで三人が牙兎を倒し、残り三人が倒せなかった。
そして、最後に俺の番となる。イーミンは牙兎を見付けると俺に合図した。初めての妖魔戦なので緊張していた。剣を抜いて慎重に前へ進み出ると、牙兎が大きく口を開けながら跳躍して襲い掛かってくる。
牙兎の動きについては、他の受験者との戦いを見て分かっている。冥閃剣術の体捌きを使って躱し、身体を回転させながら牙兎の首に剣を振り下ろす。片手剣の刃が牙兎の首に当たって手応えを感じた。剣が重い、切れ味が悪いのだ。
それでも刃が首の大きな血管を切り裂いた。次の瞬間、大量の血を噴き出した牙兎が地面に倒れて動かなくなった。それを見てホッとする。
「一撃か。凄いな」
ゼングの呟きが聞こえた。試験官のイーミンも目を丸くしている。
「見事だ。文句なしに武術は合格点だ。但し、筆記試験の点数次第で合格かどうかが決まりそうだな」
それを聞き、ガクリと肩を落とす。俺たちは試験会場に戻り、結果を待つ事になった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
イーミンは筆記試験の試験用紙を試験準備室に持ち帰り、採点を始めた。この準備室では内弟子試験の試験官も採点作業をしていた。
「イーミン、今年の外弟子はどうだ?」
同期の道士であるロン・ズーハンが尋ねた。
「まあまあかな。でも、一人だけ気と武術に才能がある子が居た」
「ほう、その子は合格か」
「いや、それが筆記試験の成績が残念なんだ」
七十点が合格ラインなのだが、コウの点数は五十点ほどだった。
「合格にしろよ。任されているんだろ。それにどうせ外弟子なんだ。雑用をさせるんだから、ちょっとくらい頭が悪くても問題ないさ」
「それもそうか。でも、もったいないな。筆記試験の成績も良かったら、内弟子になっておかしくない才能を持っているんだけど」
「外弟子なんだろ。小利口なやつだと生意気だぞ。ちょっとくらい馬鹿な方が可愛気があっていい」
それを聞いたイーミンは笑った。
「酷い事を言うなよ。まだ十歳くらいだったんだ。これから伸びるかもしれない」
ズーハンが笑いながら首を振る。
「頭の出来は、十歳頃には決まるはずだ。伸び代があったとしても、ほんの僅かじゃないか」
「分からんぞ。大器晩成型かもしれない」
「ふん、そんなの十年、百年に一人だ」
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