第12話 人突き鳥狩り

 俺たちは独角猿狩りを一ヶ月ほど続け、それぞれが金貨九枚ほど稼いだ。その頃になると、外縁部で独角猿を見なくなって狩りはやめた。


「独角猿狩りは終わりだな。この後はどうする?」

 ゼングが俺に尋ねてきた。

「そろそろ寒くなったから、掛け布団が欲しいと思うんだけど、どう?」

 アシンが頷いた。

「さすがに毛布だけだと寒いかな。貯まったお金で掛布団を買うしかないと思う」


 この塀外舎にも毛布はあるが、非常に薄いものだった。こんなもので寒い冬を越せるのだろうかと不安になるほどだ。先輩であるインジェたちにどうしているのかと聞くと、個人で布団を買っているという。


 俺は首を振ってアシンの提案を否定した。買う事も考えたが、布団を作ろうと思っている。金貨九枚で買える掛布団は、日本で買うような分厚いものではなく薄いものなのだ。この国では綿が高く分厚い布団を買おうと思うと金貨数十枚が必要になる。そこで羽毛布団を作ろうと考えた。


 この時期には魔境の外縁部にある西縁湖せいえんこに水鳥の『人突き鳥』という妖魔が飛来する。その人突き鳥を捕獲し、羽毛をむしって羽毛布団を作れないかと計画しているのだ。


 ちなみに、人突き鳥のクチバシは鋼鉄より硬く、クチバシで人を突き殺すところから名付けられたそうだ。


「でも、人突き鳥は群れで行動すると聞いた事がある。かなり危険よ」

 アシンがそう言った。確かに人突き鳥は群れで行動する。なので、普通に戦うには大勢の戦力が必要なのだ。そこで考えたのが、人突き鳥の習性を利用できないかというものである。


 人突き鳥は敵が現れた時に逃げずに、集団で襲い掛かる。それを利用して罠を仕掛けられないかと考えた。


「コウは、どういう罠を考えているんだ?」

 ゼングが質問したので、考えていた大きな網のような罠を絵に描きながら説明した。

「人が通り抜けられるほど大きな罠なのか。かなり準備が必要だな」


 その罠は体長が百四十センチほどの人突き鳥が二十羽ほど入る大きな袋状の網で、入り口部分を閉じられる構造になったものだ。漁業の定置網に似ているが、もっとシンプルなものになる。


 ロープを使って袋状の網を作る。その作業に五日が掛かった。それから罠を設置する場所を探し、西縁湖の畔で近くに森が迫っている場所に設置した。罠は草や木の枝で隠したので、外観は盛り上がっている洞穴のように見える。人間ならおかしいと気付くだろうが、人突き鳥はどうだろう?


 その罠に人突き鳥を誘い込む役目をする者を必要である。その役目はヤジロベエの構造を応用した倒れない案山子かかしに任せる事になっている。


 俺たちは人突き鳥の群れが近くに飛んで来るのを待った。二時間ほど待って群れが飛んで来た。俺がゼングに合図すると、ゼングが囮役の案山子を群れに向かって投げた。山なりに飛んだ案山子が、人突き鳥の近くに落ちる。


 すると、人突き鳥たちが大騒ぎして案山子を攻撃し始める。俺はロープを引いた。そのロープは案山子と繋がっており、罠に向かって引き寄せられる。


 その案山子を人突き鳥たちが大騒ぎしながら追い掛け始めた。案山子はボロボロになりながら、罠の入り口から中に入る。人突き鳥は疑いもせずに中へ入った。普通の鳥なら警戒するのだが、妖魔の鳥は無頓着に罠に掛かった。


 人突き鳥のほとんどが罠の中に入った瞬間、アシンが罠に繋がるロープを引っ張って入り口を閉じた。これで人突き鳥の群れは閉じ込められた事になる。


 ただ二羽の人突き鳥が罠に掛からず、俺を見付けて襲い掛かってきた。それを見たゼングがこちらに向かって駆け出す。一方、俺は剣を抜いて人突き鳥と戦い始めた。すぐにゼングが参戦し、二人で二羽の人突き鳥を倒した。


 罠の中では人突き鳥たちが大騒ぎしている。網の間から頭を出して五月蝿いほどの鳴き声を上げていた。アシンは、その光景を見詰めていた。


「ボーッとしていないで、トドメを刺すんだ」

 俺が大きな声を上げると、木の棒で人突き鳥の頭を叩いて仕留めていく。刃物を使わないのは、羽毛を血で汚さないためだ。


 全部の人突き鳥にトドメを刺し、ホッとした。

「成功するとは……奇跡じゃないか」

 ゼングは、この罠が成功する事を信じていなかったようだ。アシンが頷いている。彼女も信じていなかったのか。俺は仕留めた人突き鳥を数えてみた。全部で十八羽だ。


「ここからは、時間との勝負です。手早く羽毛を回収しましょう」

 それから人突き鳥の胸の毛であるダウンと腹部の小さめの羽根であるスモールフェザーを毟って袋に詰めた。手が痛くなった頃に、やっと毟り終わる。


「肉はどうする?」

 ゼングが物欲しそうな目で人突き鳥の死骸を見ている。

「一匹ずつ持ち帰ろう。残りは木に吊るすしかない」

 持ち帰る三羽は、内臓を取り出して綺麗に洗う。血抜きはしていないが、人突き鳥の血は美味しいらしい。


 そろそろ戻らないと日のあるうちに帰り着かない。俺たちは羽毛と肉を持って山を登り始めた。辺りが薄暗くなった頃、やっと帰り着いた。


 荷物を置いて夕食を食べるために食堂に向かう。

「疲れた」

 食べ終えたアシンがポツリと言う。本当に疲れたようで眠そうにしていた。

「眠そうだね。今日は部屋に戻って寝るといい」

 俺が言うと、アシンが気になった事を口にした。

「肉はどうするの?」

「納屋に吊るして保管するつもりだ。処理は明日にしよう」


 次の日、納屋に仕舞っていた人突き鳥の肉が、先輩のインジェに見付かった。インジェは食堂へ来て納屋にある人突き鳥の肉が誰のものか尋ねた。


「俺たちのものです」

 声を上げるとインジェがこちらへ歩み寄る。

「コウたちか。あんなところに置いて、どうするんだ?」

「もちろん食べます」

「中途半端に毛が毟られていたが、処理した事があるのか?」

「それが、初めてなんです」


 インジェが肉の一部をもらう代わりに処理してやるというので任せる事にした。俺たちは木に吊るしておいた人突き鳥を回収に向かう。


「あっ」

 昨日の場所へ到着した俺たちは、残念な光景を見る事になった。吊るしていた木にはロープだけが残っており、人突き鳥の肉が消えていたのだ。


「あれだけの肉を、何が持って行ったんだ?」

 ゼングが首を傾げている。ガッカリしたが、ないものは仕方がない。俺たちは罠を回収して点検した。罠自体はまだ使えるようだ。だが、囮にした案山子は修理が必要だった。


 その後、もう一度人突き鳥狩りをして必要な量の羽毛を手に入れた俺たちは、それを布団にするように職人に依頼した。これで寒い冬も乗り切れそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る