第5話 ユウロンの剣

 本物の剣を欲しいと思ったのは本当で、県令から褒美としてもらった銀貨で買おうと思った事もある。だが、織物問屋の下男が、本物の剣を所有しているというのがバレるとまずい気がした。


 という事で、相変わらず木の棒で冥閃剣術の練習をしている。ただ始めた頃に比べると、その動きが随分と様になっていると思う。六割くらいはイメージ通りに動けている。


 一方冥明功による気の育成は、成果が上がっていない。冥明功は動功と呼ばれているものの一種で、身体をゆっくりと動かしながら気を育成する。これを気を練るというらしい。その動きはゆっくりした動きの太極拳に似ている。


「気というのは、何なのだろう?」

 まだ感じた事がないので、気がどういうものなのか分からない。ただ一ヶ月、二ヶ月と続けているうちに体内に熱いものを感じるようになった。


 初めて感じた時は、飛び上がって喜んだものだ。それから確実に気を感じるようになり、それが煉気期の第一階梯のようだ。それからも冥明功を続けて気の操作が可能になって体内で循環できるようになった。


「これで煉気期の第二階梯をクリアした事になる。何でこんなに早いんだ?」

 ユウロンは二年ほど気の鍛煉をしているが、まだ俺と同じ煉気期の第二階梯だ。それに比べると進歩が早いように思える。才能の差だろうか? 自分に特別な才能があるとは思えないのだが、もしかすると冥明功が優秀なのかもしれない。


 ただ秘伝書の冥明功は、第五階梯までの鍛煉法しか書かれていない。それ以降は別の方法を探さなければならないだろう。


 俺は冥明功を続けて気のレベルを第三階梯まで進めた。第三階梯は体内の気を筋肉に流し込んで一部の筋力を強化する。平常の筋力の二倍ほどの力を出せるようになるらしい。


 その御蔭で冥閃剣術の動きが大人並みになった。野盗程度なら倒せると思う。但し、得物が本物の剣だったらの話で、木の棒だとやはり難しいだろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 チアン商会に入って一年ほどが経過した頃、突然ユウロンに呼ばれた。

「何か御用でしょうか?」

「鍛冶屋へ行って、注文していた剣を取って来い」

 詳しい場所を聞いた俺は、家令のリー・ファンから引換券と剣を包むための風呂敷をもらった。


「お前が受け取る剣は、金貨五十枚で作ったものだ。本当は大人に取りに行かせたいのだが、ユウロン様がお前でいいと命じられた。気を付けるのだぞ」


 そこそこ有能な家令であるファンは、子供の俺に高価な剣を取りに行かせるのは反対のようだ。だが、世間知らずの坊っちゃんは俺を指名したらしい。ユウロンが何を考えているのか分からない。


 店を出て鍛冶屋に向かう。街の中を通るのは久しぶりだ。つい寄り道したくなるが、それを抑えて鍛冶屋へ向かう。鍛冶屋は店から西へ八百メートルほど離れたところにあった。


 中に入ると、大小様々な武器が並べられているのが目に入る。俺は剣が並んでいる場所に吸い寄せられるように行って眺めた。


「小僧、お前には剣は早いぞ。何の用だ?」

 親方らしい男が俺を見ながら言った。そうだった。ユウロンの用を済ませなければ。

「チアン商会のコウです。ユウロン様が頼んだ剣を受け取りに来ました」


「ああ、チアン商会の注文か。儂はユン・ザオシーだ」

 やはり親方だった。引換券を見せると親方は奥に行き、一本の剣を持ってきた。ゴテゴテと装飾が施してある剣である。切れ味は分からないが、高そうなのはひと目で分かる。


 親方は不満そうな顔をしている。親方自身はこんな装飾ゴテゴテの剣は好きじゃないようだ。


「間違いないか確かめろ」

「そう言われても、どういう剣を注文したかまでは聞いていなので……」

「引換券を見ろ。切れる剣で、金で龍の模様を施した鞘と柄に赤い宝玉を嵌め込む、と言う注文だ」

 引換券に同じ事が書かれていた。外見は注文通りだ。ただ切れるかどうかは、見ただけでは分からない。


「試し切りをするか?」

 親方が苦笑いしながら言った。

「試してもいいんですか?」

「試さないと切れ味は分からないだろ。藁束でいいな」

 親方が藁束を持って来て、専用の器具に固定した。その器具は藁束を固定するために作られた物のようだ。俺が試し切りなどしていいのだろうか?


 疑問を持ちながら剣を抜いた。鞘は傷付けないように近くにあった台の上に載せる。親方が馬鹿にするような目を俺に向けている。自分で言い出した癖に、試し切りなんかできるのかと思っているようだ。


 ユウロンの剣は片手剣だった。その重さは俺が最適だと思うよりちょっと重い。ユウロンの筋力に合わせているので、歳下の俺には重く感じるのだろう。だが、振り回せないほどの重さではない。素振りをしてみると、小さく空気を切り裂く音がする。


 それを見ていた親方の顔色が変わる。

「お前、剣を習っているのか?」

「少しだけ練習しています。大したものじゃないです」

 俺は藁束の近くに寄って袈裟懸けに剣を振り抜いた。藁束が簡単に真っ二つになり、切り離された藁束の上部が宙を舞う。さすが金貨五十枚の剣だ。


 剣の刃を確かめると刃こぼれなどはない。親方が落ちた藁束を拾い上げ、その切り口を確かめる。

「断面が綺麗だ。これなら人の首でも断ち切れる」

 俺は苦笑いする。但し、まだ子供なので苦笑いが似合わない。

「怖い事を言わないでください。でも、確かに切れ味はいいようです」


 剣を鞘に戻して風呂敷で包んでいると、親方が呟いている声が聞こえた。

「この小僧、何者なんだ? ガキの技量じゃないぞ」

 聞こえなかったふりをした俺は、引換券を置いて礼を言うと鍛冶屋を出た。


 店に向かって少し歩いた時、後を付けられているのに気付いた。子供が大切そうに荷物を持って出て来たので、狙い目の獲物だと考えたのだろう。


 店までの間には人通りが少ない場所がある。空き地が多く、貧困者の多くが住み着いている場所だ。遠回りしても寂しい場所はある。俺は度胸を決めて進む事にした。万一に備えて剣を包んでいる風呂敷を解き、すぐに抜けるようにする。


 人通りが途絶えた時、一人の大男が俺の前に飛び出した。

「小僧、止まれ」

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