第4話 奉公先の主人

 それから二日後に野盗退治が行われ、野盗は全滅した。そのアジトには奪った金銭や商品が残っており、それは回収したそうだ。


 アジトの場所を通報した事になっている俺には、県令から銀貨二十枚が渡された。ちなみに、貨幣は文銭、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨という種類があり、それぞれが十円、百円、二千五百円、五千円、二万円、四万円に相当する。


 銀貨一枚が日本円の五千円に相当するので銀貨二十枚は十万円ほどだ。子供の俺にとっては大金だった。

「スリが多いから気を付けろよ」

 衛兵の一人が警告した。それから兵舎を出た俺は、商都ボウシンへ行く馬車を探した。駅馬車があったので、それを利用する事にした。


「ボウシンまでいくら?」

 駅馬車の御者に尋ねた。

「一人なのか?」

「ボウシンのチアン商会に奉公に行くんです」

「ほほう、チアン商会か。大きな店に奉公するんだな。おっと、値段だったな、銀貨一枚だ」

「じゃあ、乗せてください」


 俺は駅馬車に乗ってボウシンへ向かった。今回は何事もなくボウシンに到着。その馬車の御者にチアン商会の場所を聞き、そこへ向かう。


 チアン商会は大きな店だった。店の人に事情を話すと、裏にあるチアン家の屋敷に連れて行かれた。

「旦那様、斡旋仲介商のルーが約束していた小僧を連れて来ました」


 主人であるチアン・シャオウは、大柄で太った男だった。

「ルーは、一緒ではないのか?」

「野盗に殺されたそうでございます」

「そんな災難にあって、生き残ったのか。運がいいようだな。ユウロン付きの下男にしよう」


 ユウロンというのは、チアン家の次男だという。俺はユウロンの世話をする事になり、使用人が使う大部屋で生活する事になった。


 朝は早く起きてユウロンが顔を洗う水を用意し、部屋の掃除や雑用をする。ユウロンは十二歳の少年で、スラリとした体型と貴公子のような風貌の持ち主だった。なので、商人たちの娘から人気が高い。


 それに比べると俺は普通だった。背丈は九歳という年齢を考えると平均で、顔はまあまあ整っている。だが、ドラマの主人公ではなく脇役程度だろう。とは言え、俺がブサイクだという事ではない。ユウロンが将来凄いイケメンになりそうだというだけだ。


「コウ、部屋から着替えを取って来い」

「分かりました」

 武術の先生から教えを受けたユウロンは、汗まみれなので水浴びをするつもりのようだ。ユウロンは俺に向かって部屋の鍵を放り投げた。それほど俺を信用しているのか、というとそうでもない。


 大事なものは鍵が掛かった物入れに入っているので、部屋に入っただけでは貴重なものは盗めないのだ。ユウロンの部屋に行って着替えを持って水浴び場へ行く。


 ユウロンに鍵と着替えを渡した。

「水浴びした後に昼寝するから、お前は庭の草むしりでもしていろ」

「分かりました」

 また草むしりかと思いながら、庭の方へ向かう。ユウロンは休む暇を与えない、人使いの荒いガキだ。おっと、ユウロンの方が歳上だった。前世の記憶があるので、どうしてもユウロンを歳下の子供だと考えてしまう。


 ユウロンは道士になる事を目指している。そのためには道士の集まりである宗門に入らなければならない。宗門の道士は、道教に似た教義に基づいて鍛煉たんれんしている。ちなみに、仙術に関係する練習だけは鍛ではなく鍛という文字を使っている。


 その鍛煉の内容は、仙道の基礎知識と気の育成、それに武術である。その中で重要なのが、気の育成だという。神仙になるための第一段階は『煉気期れんきき』と呼ばれている。その煉気期は気を育成する段階であり、気のレベルを十五階梯かいていに分けている。


 宗門の入門試験に合格するには、煉気期の第三階梯に達していないとダメだという。ユウロンはまだ第二階梯であり、必死で鍛煉しているようだ。


 俺は下男という仕事を熟しながら、朝早く起きて冥閃剣術の稽古を始めた。それに加え前世で習った少林寺拳法の型も稽古を始めている。


 それで感じたのは、イメージ通りに身体が動かないという事だ。前世の身体なら動けたのに、現在のコウの身体は動いてくれない。やはり何度も繰り返し、身体に動きを刻み込む必要がある。


 そんな生活を三ヶ月ほど続けると、寒い冬が訪れて年が明けた。そんなある日、ユウロンに呼ばれて部屋に向かう。


「何か御用でしょうか?」

「お前は字の読み書きができたな。調べものを手伝え」

「何を調べるのです?」


 ユウロンは仙術の基礎を教えている先生から、宿題を出されたらしい。それは道士が使う特別な文字で書かれた文章を翻訳するという宿題で、その翻訳の手伝いをしろという事らしい。


 渡された宿題が書いてある紙を見て驚いた。そこに書かれていたのは、冥閃剣術の秘伝書に謎の文字として使われていた梵字だったからだ。


「ユウロン様、この文字は?」

「お前のような凡人は知らないだろうが、これは仙秘文字だ。この辞書を使って調べるんだ」

 分厚い辞書を渡された。厚さが四センチほどで、中にはびっしりと仙秘文字とその説明みたいなものが書かれていた。


 それを見た俺は、これで秘伝書の仙秘文字を調べれば、口伝の代わりになるのではないかと思い興奮した。


「何、変な顔をしているんだ。その辞書は金貨百枚もするんだからな。絶対に汚すなよ」

「分かりました」

 俺は宿題の紙に書かれている一つ一つの仙秘文字を調べて別の紙に書き出し、それをユウロンに渡した。その作業は夕方まで掛かり、終わった時には疲れ果てた。


 だが、大きな収穫もあった。仙秘文字の辞書を瞬間記憶能力で丸ごと暗記したのだ。食事をしてから部屋に戻り、記憶した辞書を使って、秘伝書を解読する。すると、、冥明功という気の修練方法と冥閃剣術の縮地法が分かった。


 次の朝から冥明功と本格的な冥閃剣術の練習を始めた。残念なのは冥閃剣術の練習では、長さ六十センチほどの木の棒で練習している事だ。本物の剣で練習したいものだ。


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