第3話 衛兵隊長の秘伝書

 衛兵を率いたハン隊長が、馬で街道を西へと急ぐ。二時間ほど進んだところで馬車を発見した。

「子供なのに、酷い事をしやがる」

 リアンが顔を強張らせて言う。それを聞いたハン隊長が頷き、殺されている子供の数を数えた。コウが言っていた人数に間違いなかった。


「遺体を町に運ぼう」

「野盗はどうしますか?」

「もう少し人数を揃えてから、アジトを探して潰す」

 衛兵たちは遺体を馬車で運ぶ事にした。元々の馬は野盗が奪ったらしいので、ハン隊長の馬に曳かせる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 兵舎の部屋で休んでいると、椅子に座ったまま寝てしまったらしい。起きると外が暗くなっていた。腹が減ったので、部屋を出て食べるものがないか探していると、食堂があったので入る。


「おっ、起きたのか?」

 衛兵の一人が声を上げた。俺が寝ていたのを知っているようだ。たぶん様子を見に来たのだろう。食堂には小さなランプが二つ吊るされており、食堂の内部を照らしている。


「隊長さんは、戻ってきましたか?」

「まだだ。腹が減ったのなら、厨房にマントウがある」

「ありがとうございます」

 食べて良いという事なので、厨房に入ってマントウを探す。冷たくなったマントウを二つ食べて食堂で待っているとハン隊長が戻って来た。


「コウだったな。お前の言う通りだった。馬車に残った者は皆殺しになっていた」

 それを聞いた俺は、暗い表情になった。予想していた事だが、結果が分かると冷たいもので心が満たされたような気分になる。但し、前世での経験で耐性ができているので、短時間で回復した。


「野盗を退治しないのですか?」

「もちろん退治する。だが、十分な準備をしてからだ」

「それじゃあ、俺はどうしたらいいでしょう?」


 ハン隊長は少し考えてから、俺に野盗退治が済むまでここに居るように言った。

「野盗退治が成功すれば、お前の手柄でもある。県令様から褒美が出るはずだ」


 このコルタを中心とする地方を治めるのは、国王により任命された『県令』と呼ばれる文官である。この国の地方統治制度は、村長や町長の上に地方を管理する県令を任命して統治するというものだ。その県令が裁判や徴税を行う事になっている。


 俺はそのまま与えられた部屋に泊まり、野盗退治が終わるのを待つ事になった。その夜、なぜか夜中に目が覚めて眠れなくなった。


 外に出てトイレに行ってから部屋に戻ろうとした時、端の部屋から明かりが漏れているのが目に入る。近付いて中を覗くと、ハン隊長が何か鍛錬しているようだった。


「誰だ?」

 気付かれたらしい。俺は中に入って顔を見せた。

「俺です。明かりが見えたので、誰だろうと確かめたんです」

「何だ、小僧か。こんな夜中に何をしている?」

「トイレの帰りです。隊長は何をしていたんですか?」


「武術の鍛錬だ」

「こんな狭いところでしなくても」

 ハン隊長はテーブルの上にある本を取り上げた。それは薄い本で武術の秘伝書みたいなものらしい。


「これはコルタの衛兵隊長が、代々受け継いできた武術の秘伝書だ。だが、私の先々代が口伝を引き継ぐ前に急死して、途絶えてしまった」


 秘伝書と口伝が揃って初めて、秘伝書の武術を習得できるようだ。

「でも、練習しているんですよね?」

「口伝なしでも習得できないかと、研究しているのだ」

「習得できたんですか?」

「やはり口伝なしでは、難しいようだ。……ん? 何でこんな事を話しているんだ?」


 ハン隊長は首を傾げた。俺はその秘伝書を見たいと思った。

「その秘伝書を見せてもらえませんか?」

「馬鹿な、これは代々衛兵隊長に受け継がれるものなんだぞ」

「でも、口伝がないので習得できないんですよね。それなら見せてくれても」


 ハン隊長は苦笑いした。その顔から推測すると、習得をほとんど諦めているようだ。ハン隊長が俺に向かって秘伝書を放り投げた。口伝さえ伝わっていれば、そんな粗末な扱いはしなかっただろう。


 俺は秘伝書を受け取ると、パラパラめくって中を見た。この国の文字である漢字に似た文字が並んでいる。その中に少しだけ系統の違う文字があった。それは古代インド語の文字である梵字ぼんじに似ている。漢字の部分は読めたが、梵字は意味不明だ。


 俺には一つだけ特技がある。これは前世の刑事だった頃からの特技で、『瞬間記憶能力』または『映像記憶能力』と呼ばれているものだ。目で見た情報を瞬間的に記憶して写真のようにいつまでも鮮明に記憶する能力である。その能力を使って秘伝書の内容を記憶した。


 但し、記憶しても理解できるかは分からない。こんな記憶力を持ってれば、相当頭が良さそうに思える。だが、記憶以外は普通だったので、学校での成績は上の下というところだった。ただ刑事だった時は、膨大な手配写真を記憶して何人もの指名手配犯を逮捕したので警部補まで出世した。


「ありがとうございます」

 俺はすぐに秘伝書を返した。

「もう寝ろ」

 俺は部屋に戻って寝た。その翌日は、記憶した秘伝書の中身をチェックしながら過ごした。だが、大まかな部分は分かるのだが、秘訣を記述したと思われる部分が梵字のため習得できないようだ。


「この梵字みたいな文字の意味が分かればな」

 その秘伝書には、『冥明功めいめいこう』という気の修練方法と『冥閃剣術めいせんけんじゅつ』という片手剣術が記述されていた。片手剣術の歩法には独特の工夫があり、『縮地法』という言葉が書かれている。縮地法は相手に気付かれる事なく、一気に距離を縮める歩法で相手にとって瞬間移動したように感じられるらしい。


 この梵字の部分さえ意味が分かれば、もの凄く有益な武術になるだろう。ただ気の修練方法と縮地法の部分は梵字が多いので練習もできないが、片手剣術の部分は練習できそうだった。ハン隊長が鍛錬していたのは、この部分だろう。


「また何かあるかもしれないから、片手剣術だけでも練習するべきだな」

 俺は片手剣術を練習する事にした。

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