アオハルシンドローム
多樹
プロローグ これが全ての元凶
「土屋お前のことが好きなんだ」
ここは誰もいない教室。
夕暮れの日差しが舞台に立つ役者を照らし出している。
それはまるで世界にこの二人しかいないと錯覚するほどの静けさ。
世界の命運を分かつ選択をするかのような緊張感がビシビシと伝わってくる。
「え……」
「突然のことですまん。でもこの気持ちは伝えるべきだと思ったんだ」
「……そうなんだ。いきなりでビックリしたわよ」
彼女は戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに強めの口調に戻った。
いつもの彼女だ。こうやって本音をしまいこむのが上手なんだよな。
……でも、最初の顔は紛れもなく素顔だった。
予想外の展開に、さしもの彼女も取り繕うことができなったようだ。
だが、気を抜くのはまだ早い。なにせ、まだ
ここからが本当の勝負。緊張のせいか、無意識にギュッと強く手を握りしめていた。ドクドクドクと心臓がフルスロットルで唸っている。
男を見せるんだ
たったその一言を口にするだけで、ただの恋の宣言からチェックメイトへの一手となる。
緊張で口がからからに乾いてきた。嫌な汗が背中を撫でる。
それでもお腹に力を入れ声を絞り出す。
「——だから、俺のことは諦めてくれ」
「……は?」
「聞き取れなかったか? じゃあもう一度。俺のことは諦めてくれ」
「……」
あれ~。聞こえてないのかな?
いやでも、汚物を見るような蔑んだ目をして睨んでいるから、聞こえてはいる……はずだ。
「……意味わかんないだけど。は? 今告白してきたよね?」
「おう。俺の想い全てを込めて伝えたよ」
「……じゃあ。なんで『俺のことは諦めてくれ』なの?」
なるほど。言われてみればその通りだ。しまったな。俺としたことが、あと一手足りなかったようだ。
「すまん。一手……じゃなかった。一言足りなかった。ちゃんと説明させてくれ」
「いや、一言とかそういう問題?」
コイツアタマオカシイって顔をしている。けど、それはいつものことだから気にしな~い。あと、そんな顔もかわいいとあえて言及しておこう。
美人に怒られるってなんかいいよね!
「土屋が俺のことを好きだと聞いた。その気持ちは嬉しかった。でも、俺には心に決めた人がいるんだ。だから、早めに振っておきたかったんだよ」
「……………………………………………………………………」
土屋は無言のまま、足をカタカタカタと鳴らしだした。いわゆる貧乏ゆすりだね。彼女の怒りが急速に高まるのを感じる。
「あ、あの。つ、土屋さ~ん……? な、なにか言ってくれると非常にありがたいのですが……」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
俺のいまいち気の抜けた声掛けには当然のように無視をしつつ、相変わらず無言のまま何かひどく言いたげな顔。あれは口に出す余裕すらないようだ。
そしてなぜか足を揺らすスピードが急上昇。これはあれですかね。俺何かまずいこと言いましたかね!?
「有坂のクズっぷりはとりあえず置くとして……。一言だけ言わせてもらうわ」
「あ、はい」
そう言って、貧乏ゆすりは止まった。止まったのだけど、本能が何かを強烈に訴えかけてくる。ついさっきまでの緊張感とはまるで違う何か……そう、例えば死の予感。
だが訴えてきたナニカの正体が明らかになるのにはあまりにも遅すぎた。
「………………………………………………………………………すぅっ」
彼女は大きく息を吸った。それは即ち絶死の一言。
「誰がてめぇのことなんて好きになるかぁぁぁ」
「ええぇぇぇぇぇぇぇ」
ある少女は、好きという気持ちを心の奥底で飼い殺し続けたために、ついには檻から出すことも出来なくなってしまった。
ある少女は、好きという気持ちに純白の理想を抱いてしまったために、ついにはその理想から抜け出せなくなってしまった。
ある少女は、好きという気持ちに歪んだ欲望を見出してしまったために、ついにはその欲望に取り込まれてしまった。
これは、恋という名の病に冒された少女たちの、奮闘と笑いの涙が織りなすラブなコメディである。
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