黒州心霊探偵事務所

塩焼 湖畔

一章 夢の中

 前話 夢

 生暖かい夜風が頬を撫でると、冷たいベンチの上で目を覚ました。たしかさっきまで、サークルの友達と部室でオカルト話や都市伝説の話題で盛り上がっていたのを覚えている。


 誰が買ってきたのか酒があったが、記憶がなくなるほど酒を飲んだような覚えはなかった。記憶ならちゃんとある、遅くなりすぎる前に先に電車で帰るって話を部室でしたのをちゃんと思い出せる。これからの時間が本番だって、丑三つ時にはまだ全然早い時計を指さして盛り上がっていた、なにが面白いかは今もわからないが、何故か思い出し笑いが出た。さてと、ここはどこの駅だろうか。 


 辺りを見渡すと外灯の明かりがぼんやりと照らす、薄暗い無人駅のホーム。駅の看板は無く固いベンチは冷たい足元も底冷えがする。人の気配はまったくなく、それどころか生き物がいそうな気配すらもまったくない。

 いや、そもそも帰る時間に電車なんてまだあっただろうか、普段電車なんて殆ど乗らないのになんで帰りは電車にしたんだ、やはり思っていたより酔っていたのだろうか。考えがぐるぐると頭の中を回る。


 でも電車で寝たてしまったとしても駅のホームで目を覚ますのは、おかしいのではないか? 親切な駅員さんがいたとしても、わざわざホームのベンチまで運ぶ前に起こすだろう。

 今日聞いた都市伝説の話を思い出す、駅が出てくる話はいくつかあったはずだ、もしかしてを想像すると、心がざわつき悪寒が走る。しかしそれと共に少しの好奇心、オカルトの体験なんてしたくてできるものではない。


「次は、えぐり出し、えぐり出しです」


 駅のアナウンスが鳴った。


 ヒビ割れたノイズまみれの男性の声が、不快な音と不安を耳に運ぶ。音の内容を推測しているとちょうど察しがついた辺りで、目の前に電車が止まった。ドアが開くとありきたりな車内の中から生温かい風が生臭い匂いと、ピンポン玉ぐらいのなにかを駅のホームに放り出す。


 それは足元に転がってくる、それを目で追うと目が合った、血濡れの眼球が空虚にこちらを見つめている。


「えっ!?」


 血の気が引いて腰が抜ける、恐る恐る前を見ると。先程までは何もなかった車内に駅員の格好をした大猿が耳まで裂ける口でニタニタ笑って立っていた。 そしてもう一匹の大猿が車内から人間の男を引きずり歩いてくる。


 引きずられた人間の顔に生気は無く、くり抜かれた片目からは血がどろどろと流れている。残った一つの瞳が、うつらうつらと虚ろに揺れ恐怖に震える。

 

 引きずられてきた男は見せつけるように、こちらに顔を向けさせられる、何か言いたげな口がパクパクと動き、声にならない声を上げるが。残った片目にゆっくりと大猿の指が突き刺ささるとそれは、絶叫へと変わった、えぐり出されるように回転する悲鳴が駅に木霊する。


 静かになった男を乱雑に電車の中へ投げ込むと、血と共にえぐり出された瞳を大猿は自らの口へ運びくちゃりくちゃりと汚い音を立て、下品な笑みを浮かべながら咀嚼する。


「次は、お前。次は、お前です。やり残しの無いよう、ご注意ください」もう一匹の、大猿がアナウンスをすると、汚い二匹の笑い声と共にドアが閉まる。


 電車がホームを出る、生温かい風が冷や汗で張り付く前髪を巻き上げると、急に力が抜け目の前が真っ暗になる。



 目を開くと自分の部屋のベットの上だった、寝汗の湿り気を背中に感じる。倦怠感で暫く起きる気にはなれなかったが、寝転んでいると寝汗がじっとりと冷え込み、気持ちが悪かった。


「猿夢か……」


 昨日のオカルト話を思い出す、多少の違いはあれどあれは猿夢だ。 でもそうだ……あれは夢だ!夢なんだと自分に言い聞かせてみる、それに夢に殺されるなんて馬鹿らしい、あり得ない。きっと昨日の話と酒がみせた幻覚だ。


 オカルトや怪談、怖い話は好きだし、ある程度は信じていたが自分で体験してみると、そう良いものでもなかった。自分だけは無事で有りたい、作り話であってくれそう願ってしまっている。


 ごろごろと考え事をしていると、スマホの新着通知に気がつく姉さんだ。要約すると昨日言ったことを忘れるな、メモの所に行くようにとスタンプ付きで送られてきている。


 そんな気分でもないが、今は寝直す選択肢は絶対に無い、お姉ちゃんの言うことをよく聞くようにって昔はよく母さんに言われたのを思い出す。


 これも何かの縁かもしれない準備を済ませたら、姉さんの意見に従ってみよう、気分転換ぐらいにはなるかもしれないし。

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