6-3-2

「あのね あの日 大地がすぶ濡れで帰って来たって言ったでしょ 大地が言うのには 山を登って行ったら、たどり着いたのが山の中の青い池で、もう夜になっていて寒くって縮込んでいたら、糸姫って言う人が現れたそうよ すごくきれいな人だったんだって そーしたら、その人が着物を脱いで、裸で大地を抱きしめて、池の中に連れ込んだんだって 不思議と ずぅーと そのままだったそうよ 自分の子供を抱いているようだって そして、その女の人は (地主さんが雨を降らせてもらうように、竜神白雪様の生贄に生娘を差し出してお願いするんだと言ってきて 私を・・・ だけど、私には好きな人が居て、その人と一緒に村を抜け出して、竜神白雪様に許してもらうようにお願いしょうと、ここに来たんだけど 竜神様は私だけを離さなかったの そのまま 私は竜神様に池の底に連れ去られて、自分の娘になれって、裸にされて巻かれて、無理やり竜神の化身の姿に変えられてしまったのよ 竜神白雪様には麓に好きな人が居たんだけど叶わなくて、糸さんに嫉妬したみたい これで糸姫様じゃーと だけど、私の愛した人 伊良夫さんを探して 会いたい 心残りなの) と、話していたそうよ その時のその人の裸身はすごくすべすべしていてキラキラしていたんだって それで、大地を岸まで送ってくれて (あなたには 特別な力を与えたわ 伊良夫さんを探してー) と、言って池の中に消えて行ったそうよ その姿は翠に輝いてキラキラした大蛇だったそうよ その昔 その村の人はその娘に恨まれているだろうからって糸姫様と呼んで、竜神白雪様と併せて伝説の夜叉が池の基になったそうよ そのイラブさんていうのは、一人 残されて、その後、琵琶湖の方に山を越えて消え去って行ったそうよ」


「もう 止めてくださいよー 私 そんなの 苦手ですからー もう もう ダメ!

」それに、イラブって名前 何だか聞き覚えがあるって 身震いしていたのだ。


「ちがうの ここからよ あなたと 糸姫様の繋がり その村はその後、飢饉にも洪水も起こらなくなったんだって、だけど、再び 何か村に災いが起こった時、また、生贄が必要じゃってなって、その糸さんの妹さんがね 狙われて そのウワサに耐えきれなくて、家族で反対側の山を越えて、岐阜のほうの村に逃げたんだって 姉さんの恨みを抱えたまま だから、あなたのご先祖は・・・」


「・・・その人が・・・私のおばあちゃんの先祖だって? そんなことあるわけないじゃぁ無いですかー」


「どうして 無いって言えるの? だって 大地の絵は 真織ちゃんに そのまんまんよ だから さっき 大地は糸姫様ってー」


「・・・それは・・・偶然です 初めてお会いしたんですしー」


「だからよ! 偶然じゃぁなくて 大地は何かを感じたんだわ」


「先輩 その話は・・・もう」


「じゃぁね 大地の話 あの子 あの時から何にかに憑りつかれたようになって 急に村のお祭りで横笛を吹けて 上手なのよ それで、こっちに越してきて フルート始めたの 先生に言わすと天才的なんだって だから、来年 東京の音楽大学を勧められてるわ だけど、あの樹の上で吹くのも 糸姫様が聞きたいって言うらしいのよー だからー」


「あっ そーなんだ さっき なんかが樹に居るって思った 音色も聞こえていたしー 素敵でした」


「そう でしょ? だけど、あの時間は憑りつかれてるみたい それにね 今でも 時々 私と 一緒にお風呂に入っているの 私の背中を洗ってくれるのよ 翠の背中は糸姫様みたいにきれいだってー 私は 弟だから 別に 構わないんだけどね おかしいでしょ? この年になってもー だけど あの時から 大地は私のことを翠って呼び捨てなのよ それまでは 姉ちゃんって呼んでいたのに・・・だから、大地が憑りつかれてるなって思ったら さっきみたいに 手を叩いて 翠ヨって叫ぶの そーしたら 我に帰るみたいなのよ」


「あぁー そーだったんですか なるほどー」


「でもね あの子が特異的なお陰で 私 高校に入ってからピアノ始めたんだけど あの子の音感に教えられてね 時々 一緒に演奏するのだけど、普段より上手に弾けるようになるのよ バイオリンもそうなの 不思議でしょ?」


「あっ さっきの音色 素敵でした」


「そうだ ふたりの演奏 聞いてよねー」と、先輩は2階に声を掛けていた。


「なんだよー 昼寝しようと思ってたのにー」と、今度はワインレッドのスウェットの短パン、半袖で降りてきて


「僕のフルート 聞くんだったら 糸姫も裸で抱き締めてくれるんかー」


「大地! 何言い出すのよー この子は真織ちゃんなんだからー まだ 覚めきって無いの?」


「ふふっ 冗談だよー どんな反応するかなってー でも 糸姫様 生き写しだなぁー」


 私は、どうしていいのかわからずに、足元に座っているゴウを撫でていたのだけど、胸の中はざわざわしていたのだ。そして、リビングの少し奥まったところに置かれているビアノとフルートでの演奏が始まると、音が優しく響いてきて、こころもやすらいできて、眼を閉じていると、林の中を歩いている私が居て、青く澄み切った池が見えてきていたのだ。隣には顔がわからないが、確かに男の人が居る、池に向かっているのだ。身体がふぁふぁとして浮いているような不思議な感覚だった。そして、演奏が終わった時、私は思わずつぶやいていた。 「伊良夫」と・・。


「糸姫様 今 なんて? いらぶ?」と、大地君が顔を寄せて私を覗き込んできていた。


「わからない! なんか 別の世界にいるようなー・・・」


「大ちゃん もう よしなさい 真織ちゃん ショック受けて居るみたいよ 突然なんだものー」


 その後は、先輩が大学の話とか差しさわりの無い話をしていて、深川家が福井の山奥で代々、土の売買をしていて、こっちに越してきても畑とか芝生農家、苺農家に栽培土を作って売買していて、川の側に作業場があると言っていたのだ。帰る時には、ゴウの散歩がてらだからと「越してきた時には、ウチの周りには家がチラホラとしか無かったのだけどー でもね・・・真織ちゃんの今の彼氏・・・昔から・・・結ばれる運命だったのかも・・・」と、言いながら駅まで送ってくれたのだ。


 だけど、帰り道で私は頭の中が混乱していた。夜叉が池・・・生贄・・・いらぶ?・・・糸姫?・・・私が・・・? あの夢に出てくるのは、いらぶ? 伊織利さん?  そんなことって・・・でも、伊織利さんも 似たような夢を見たってー だけど、100年、200年以上も前の話じゃぁない それも、言い伝えなだけでしょ と、打ち消していたのだけど・・・


 その夜、夢の中なのだろう。浮遊していた私は池のほとりに居て、あの糸姫だろう人が池の中に立って居る。確かに、でも、そこに居るのは私なのだ。(真織 伊良夫さんが見つけてくれたのね 幸せになって 元気な子供を沢山産んでね 私の無念を晴らしてちょうだいな) と、言って、私を抱いてきていたのだ。そして、着物を脱いで裸身になったかと思うと、キラキラした肌が大蛇となって渦を巻いた水の中に消えて行った。


 夢を見た。眼が覚めた時、パジャマがわりのTシャツがぐっしょりと。大汗をかいたのか、池の水で濡れてしまったのかわからなかった。でも、髪の毛も濡れていて、私のあそこも粘っこく湿っているような気もしていのだ。


(伊織利さん・・・イラブ? 私 その人に抱かれていたわ・・・気持ち良くて不思議な感覚だった 夢だったの?)


 その日は、朝からバイトの予定で、だるい身体を引きずって行ったのだけど、ず~っと、伊織利さんに会って抱きしめて欲しいと そのことが頭から離れなくて不安なのだ。私は 今 どこに居るの?


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