地獄

不労つぴ

地獄

「――それでね、後ろを振り返るとそこにはうらめしそうな顔をした女の……」


「それ前に聞いた」


 隣のブランコに座っている幼馴染の橙花とうかちゃんのつまらなそうな声に僕は少しヘコむ。


 今回の持ってきた話は自分でも面白いと思っていたが、どうやら以前にも彼女に話したことがあるようだった。


 公園では僕の弟と、彼女の弟と妹がシーソーにまたがって楽しそうに遊んでいた。

 それを僕は彼女と二人で眺める。


「じゃあ、こんな話はどうかな。――これはある村で起きた話なんだけど、ある朝大人たちが目を覚ますと……」


「子どもたちがみんないなくなってたんでしょ? それも聞いたよ」


「そんなぁ……」


 自慢の怪談・オカルト話コレクションはどうやらストック切れのようだ。


 僕はガックリと肩を落とす。

 そんな僕の様子に目もくれず、相変わらず橙花ちゃんはシーソーで遊んでいる弟達を眺めている。


「僕にも霊感があれば、もっと沢山話せるのになぁ……」


 僕はため息をつく。すると、橙花ちゃんはシーソーの方を見るのをやめ、僕の方を向いて口を開いた。


「霊感があるっていいことじゃないと思うよ」


「じゃあ、橙花ちゃんは霊感あるの?」


「わたしも無いよ」


 てっきり僕は橙花ちゃんは霊感があると言うと思ったので、拍子抜けしてしまった。


「――でも、わたし変なもの見たことあるよ」


 橙花ちゃんは、再びシーソーの方に視線を戻しながら呟いた。


「えっ、どんなの?」


 僕は興味津々だった。


 いつも平気な顔で、僕の怪談話を聞いている橙花ちゃんだったが、自分からこういった話をするのは初めてだったからだ。


 橙花ちゃんは視線を僕に向けず、相変わらずシーソーの方を見ている。


 ――数分、間が空いたあと、彼女は口火を切った。


「地獄」


「え?」


 僕はあまりの想定外の答えに呆けた声を出してしまった。

 彼女はシーソーから視線を外し、僕の目を覗き込みながらもう一度、


「地獄」


 とだけ答えた。


 僕が彼女の真意を分かりかねて固まっていると、彼女は僕の目を覗き込んだまま語り始めた。


「この前、家族で買い物に行ったの。それで、みんなで何がいいか選んでいる時に私は入り口の方を見たの――そしたらいたんだ」


「いたって何が?」


 僕は恐る恐る尋ねる。



 彼女は続けてこのように述べた。


「ドアが閉まる間に見たんだ。それを鬼って言っていいのか分かんないけど、そんな気がしたんだ。みんなの想像する鬼とは全く違う見た目だったけど。鬼の後ろには人の体の中みたいな光景が広がっていたの。わたしそれを見て思ったんだ。――あぁ、これが地獄なんだなって。自動ドアが閉まるとそこにはもう何もいなくなってたけど」


 彼女はそれを淡々と僕に語った。


 僕は何と感想を返せばいいのか悩んでいたところ、橙花ちゃんのポケットから音楽が流れた。曲はパッヘルベルのカノン――彼女の携帯電話の着信音だった。


 橙花ちゃんは携帯電話を確認すると、ブランコから立ち上がった。


「お母さんがそろそろ帰ってこいって。またね、つぴちゃん」


 僕の方を見て微笑みながらそう言い残すと、彼女はシーソーにいる弟達のほうに走っていった。


 残された僕はただ呆然とそれを眺めていた。秋風が僕の頬を撫でる。日も落ちてきたからか、思いの外寒かった。


「……そろそろ僕も帰ろっと」


 僕はブランコから立ち上がり、こちらに駆けてくる弟の元に向かった。

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地獄 不労つぴ @huroutsupi666

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