あやかし嬲りの妖術師

川崎俊介

第1話 座敷童子のりん

 りんに会ったのは、俺が9歳のときのことだ。


 あどけない顔の和服姿の少女だった。髪型も、その顔の白粉も、簪も鬢付け油も、全てが場違いだった。だから、人ならざる者であることは、瞬時に分かった。実際、俺以外の人間には姿が見えていないようだった。


「私が見えるのね。ちょうど暇だったのよ、遊びに付き合って」


 それが最初の一言だった。


 霊感があることはひた隠しにしてきたので、人に聞かれるのを恐れて俺は何も言えなかった。


 だから、親が外出しているときを見計らい、裏庭に回って彼女を待った。


「用心深いのね」


「変な目で見られるから」


 俺がそう呟くと、彼女は呆れたように笑った。


「最近の人は人目ばかり気にするのね。昔は、私が見える者も多かったのに」


「今は科学が発達してるから……」


「あら、そんなこと関係あるのかしら。人の感覚とそれとは別の話でしょう?」


 言われてみればそうだ。小学生の頭では、納得せざるを得なかった。


「私はりん。あなたは、真一でしょ?」


 この家に住み着いているのだから、俺の名前を知っているのは当然か。


「ねぇ、どうしたらりんみたいなのが見えなくなるかな?」


「寂しいことを言うわね」


 りんは悲しげな顔をしたが、瞬時に可笑しそうに笑った。


「あなたは子供で、身体や心が未発達だから、見えるはずのものが見えなかったり、逆に見えないはずのものが見えたりするものなの。こればかりは仕方がないわね」


 時間が解決してくれるだろうが、頭がおかしい人扱いされてはごめんだ。この気詰まりしそうな生活は、しばらく続くだろう。


 そう思った。


 だが、次の日から、我が家の経済状況は一変した。経営者である親父の事業がうまく行き始め、次の年には新規上場まで果たしたのだ。


「りんのおかげなのか?」


「そうかもね」


 りんははっきりしない答えを返してきた。


「妖怪のこと、調べたよ。りんは、座敷童子なんだろ? 家に繁栄をもたらし、出ていかれた家は没落する。そうなんだろ?」


「そう呼ぶ人もいるわね。でも、そんなことどうでもいいじゃない。私は真一とおしゃべりするの、好きよ?」


 そう言って俺の肩に触れたりんの手を、俺は振り払った。もちろん、霊体のりんには触れられないが、りんはとっさに手を引っ込めた。


「真一まで私を拒むの? 私と話すの、嫌?」


「そうじゃない。りんがいなくなるのが、怖いんだ。いつか出ていくかもしれないし、その前に俺がりんのこと見えなくなるかもしれない。そう思うと、怖い」


「大丈夫だって!」


 りんはいつものように無邪気に笑って見せた。その笑顔すら、もう霞んで見えていた。


「見えなくても側にいるから。話せなくても、心は通じ合っているから。そうでしょ?」


「……そうなの? よく分からない」


「そうよ。いつもみたいに、かくれんぼしましょ?」


 そんなやり取りが、最後になった。


 翌朝、りんの生首が門の柱に置かれていた。

 りんは妖怪のはずなのに、滴る血は地面を濡らしていた。そして、他の大人たちにも、その生首は見えていた。


 どういうことだ?


 りんは座敷童子なんじゃないのか?


 そもそも誰がこんな惨いことを? 


 訳が分からず、俺は涙を流す暇もなく気絶した。


 数日寝込んで目を覚ましたときには、親父は首を吊って死んでいた。

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