第7話 喪失少女が学ぶVtuber配信について
現在、午後三時。入江さん曰く他の四期生で時間を稼いで八時までだとのことなのでVtuberについて猛勉強及び準備中です。
「さて、Vtuberというのは大雑把にいうとこんなイラストを自分に例えて、ゲームをしたり歌を歌ったり、貴女を見に来てくれている人たちと会話して楽しませるものよ」
入江さんは一枚の少女の絵をボクに見せて説明してくれた。ボクがこの少女として活動するらしく、真っ白いセミロングの髪にピンクの髪留めがつけられ、彼女の広がる少し垂れ目なスカイブルーの瞳は心に沈み込む静けさがあり、服装が入院中に着せられたブレザー?に似ていてその姿は何処か強い気持ちを抱かせてくれる雰囲気を感じられる。
「もともとこの子は中の人が極度の人見知りの人でそれに沿って描かれたのだけれど人が変わったからキャラクターの見た目を少しでも直さないと行けないわ」
「見た目はこのままでお願いします」
変える? この子の姿を? もったいない。せっかく描かれ使われるものだったのが突然使われなくなるのはとても悲しく感じる。この少女の存在をなかったことにするのは心を痛める。ボクがこの少女でありたい、その思いを入江さんに目線で向ける。
「……わかりました。では、貴女の活動名を決めていきましょう」
「活動名?」
「えぇ、活動名はとっても大事よ。いわばこのイラストの子に名前をつけることと同じで、今後の活動とともについてくるものであり、身バレ対策をするためでもあるの」
「身バレ……?」
「そうね、簡単に説明すると貴女のリアルでの些細な情報でも積み重なれば、自宅とかを特定されてお父さんやお母さんに迷惑をかけてしまうことでもあるから気を付けてね」
お母さんとお父さんに迷惑をかけるのは嫌だ。そのためにはボクが注意すればいいということだよね。
「活動名は主に、モデルの見た目とかどんな人であるかとかどんなことをしたいとかをもとに決めるといい名前で他の人にもわかりやすくなるわ。もちろん何がしたいかとかも分かっていて且つ特徴的ならばそれは強みとなるわ」
「どんなことがしたい……ですか……。今のボクはどうすればいいのか、何がしたいのかが何一つ分かりません。なにせ、記憶がないのですから」
「それよ!」
「え?」
入江さんが突然大きく反応を示し、ボクに詰め寄ってくる。机ごしだから少し離れてるけどかなり近い。
「記憶を持たないことよ。記憶喪失のVtuberなんていくら探しても見つからないわ!」
「そ、そうですか……」
「記憶がないなら作っていけばいい! 視聴者とともに本当の意味で一から記憶を作っていく。それはとても素晴らしいと思うわ。それに貴女にもVtuberを楽しんでもらいたいからね。」
ボクは記憶がない分他の人より明らかに劣っている。知識も技量も何もかも、それを知っても尚頼ってくれるこの人たちに答えたい! 記憶喪失が強みとは自分では言い切れないし、むしろ劣っていると思う。それでも逆境が迫っていようとも!
「今のボクは記憶がないので不安があります。それでも不安の源であるそれがボクの強みとなれるのならばボクはRe:liveのVtuberとしてやらせていただきます!」
「分かったわ。夕希ちゃんの意思のもと、名前は『色彩こころ』と提案するわ」
「『色彩こころ』?」
「そう、『色彩こころ』の名には、貴女の持つ様々な感情の色でたくさんの人の心を彩って欲しいという想いを込めているわ」
色彩こころ……。それがボクのもう一つの名前……。
「その名前、使わせていただきます」
「では、名前も決まったので設定とかを深く掘り下げて決めていきましょう」
名前が決まった後、設定を決めたり配信上での注意やアドバイスを配信時間手前までみっちり聞かされた。
現在時刻、七時四十五分。普通は自宅で配信とかをするらしいのだけれど、すぐにフォローすることができるということでスタジオにて入江さんと明子さんがボクの配信にあたって最終確認をしていた。ちなみにお母さんは休憩室でボクの初配信を見届けるらしい。見られるのは少し恥ずかしいけれど緊張とかが薄れて頼もしい。
「お〜い。夕希さん聞いてますか〜」
「あ、はい。なんですか明子さん?」
「ボーっとしてたけど大丈夫? 流石に五時間近くぶっ通しでVtuberについて猛勉強していたから疲れちゃった? それとここでは明子さんじゃなくてマネージャーと呼んでほしいな」
明子さん……じゃないマネージャーはボクの様子を見て心配しているようだった。
「大丈夫ですよマネージャー。五時間なんて入院中のお父さんによる勉強時間の半分ですから」
「……」
マネージャーは呆れたように私を見ている。何でそんな呆れてるの?
「はぁ……、とりあえず大丈夫だというのは確認できたので最後に今回の配信についてです」
会った時からはしゃいでいたマネージャーが呆れ顔からキリッと真面目顔になる。
「今回はカンペを用意してあるので分からなくなったら読んで下さい。また、社長が配信中に夕希ちゃん……こころちゃんの補助を行います」
マネージャーは白い紙を持って、入江さんは奥の部屋でスタンバイをしている。
「さて、こころちゃん配信中のベストは?」
「はい! 視聴者の皆さんを楽しませ、その上で自分も楽しむことです!」
「よくできた! あと五分もないからスタンバイしておきなさい!」
あと五分……。緊張感は自然とない。近くで入江さんと明子さんが見守ってくれ、お母さんが画面を通して見てくれる。ちょっと大変なことに足を踏み込んだけど後悔はしていない。これがボクの人生だから悔いたりしない!
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