宇宙人クロニクル_マナと呼ばれる魔法・その起源と衰退

あかくりこ

第1話

 それはハフリンガー亜大陸がエクウス大陸と衝突して島から大陸の一部になって地殻変動も落ち着いた頃。

当時、まだミアキスヒューマンとサピエンスはお互い生息域が被っている程度の認識だった。

ある時、サピエンスが漁をしていると、狼ハーフのミアキスヒューマンに出会った。河原にかがみこんで何かを探しているようだ。

丸く角の取れた石を拾い上げては首を傾げ、捨てては違う石をまた拾い上げる。

腹を空かせているのだろうか。石の下に潜む虫けらでは腹も満たされまい。サピエンスは哀れに思い、声をかけた。

「やあ、何をしているんだい」

「石を探しているんだ」

「石?」

ああ、やはり。魚の入った魚籠に手をかけ、大きいのを一匹掴もうとしたら、ミアキスヒューマンが続けて話しかけてきた。

「ああ、だいぶ前にここいらでマナを入れるのにちょうどいい石を見つけた、だからまたここで探している」

「マナとはなんだ?」

「マナはマナだ」

「知らない、魚の一種か?」

「マナを知らんのか?」

そこでミアキスヒューマンが顔をあげてサピエンスの方に向き直った。

「知らない、見たこともない。だから聞いている」

今度は立ち上がって、サピエンスの顔をまじまじと見つめてきた。どうも話しかけてきた相手がサピエンスだと思ってなかったらしい。狼ハーフは虚を突かれたといった表情を浮かべている。

「サピエンスはマナが見えないって話は本当だったんだな」

「だからマナとはなんだ」

「俺にも分からん」

「分からん、て」

憤慨するサピエンスの剣幕にミアキスヒューマンは困ったように眉根を寄せて頭の後ろをボリボリ掻いた。

「俺たちにもよくわからんのだ。わかっている事は、マナはそこいら中を飛び回っている、綺麗な光が好きだ。日のよくあたる川の水面だとか、山奥の渓流の滝つぼとかに好んで寄ってくる」

「羽虫とは違うのか」

「形がない、ないというより、ふわふわしてとりとめのないものだ、大きさはこんなもんだ」」

両の手でおおよそのサイズと形状をつくってサピエンスにも分かるようジェスチャーをする。

「マナを石に入れるとはどうやるんだ」

「綺麗な光を好むから光る石を見せて呼び込む。水の石、あれが一番いいんだよなぁ」

最後は独り言ちてミアキスヒューマンはまた河原に這いつくばる。

一緒に河原をうろつき、水の石とやらを探すことにした。サピエンスはすっかり興味の虜になっていた。魚をくれてやろうと思って声をかけたことなどすっかり忘れていた。

しかし水の石とは。色の無い石。水のような。透明な石。綺麗な光。

「なぁ、こういうやつを水の石というのか?」

サピエンスは胸元から六角柱水晶のペンダントを取り出した。以前、住んでいる集落に大雨が降って裏山が崩れた。中に鉱床があったのか、大量の土砂に混じってさざれ水晶も流れてきた。ほとんどは大粒の砂利のようなものだったが、そこそこ形の整ったものもいつくかあった。思いのほか大きく透き通って綺麗な結晶だったから、気に入って紐でくくり、首から下げていたのだ。

「あ!」

「こいつは水晶だ、水晶なら集落の裏山に行けば沢山採れる」

狼ハーフのミアキスヒューマンはたいそう喜んで、お礼だと言ってサピエンスの水晶にマナを入れてくれた。ざぶざぶと川の中に入ると、水晶を手のひらに乗せ、陽光に煌めく川面すれすれに水晶をかざしてしばらくそのままの姿勢でいたが、満面の笑みを浮かべると、水晶を反対の手でそうっと包み込んだ。

「よし、とれた、結構大きいのが入ったぞ」

マナが入ったという水晶を見せられ、今度はサピエンスが驚く番だった。

それまでただの水晶だったのが、明るく芒と石の内側から光が滲んでいる。水晶に宿った何かが意思を持ち眩い光輝を放っているかのようだ。

「水晶が、内側から光を」

「そうか、石に入れた状態ならサピエンスにも見えるのか」

狼ハーフのミアキスヒューマンも同じように驚き、喜んだ。

「これはもって帰っても大丈夫なのか?」

「なるべく陽光のあたる場所に置いてやれ、そうすれば三日はもつ筈だ」

 数日後、サピエンスは水晶を山ほど土産に持参して狼ハーフのミアキスヒューマンを大感激させた。


 意気投合したサピエンスと狼ハーフのミアキスヒューマンは連れ立って走竜狩りに出かけ、サピエンスが怪我を負った。

「サピエンスは本当に脆弱だな」

狼ハーフがマナの入った水晶を傷口にかざすと、見る間にサピエンスが負った傷がふさがっていく。

「体の表面はすぐに破けるし、爪も牙も持ってない、マナも石に入れないと見ることができない」

狼ハーフが一瞬早く走竜の目の動きに気付いて半身を捻ってサピエンスを蹴り飛ばしていなかったら、走竜に食いちぎられ胴体と腰が泣き別れになるところだった。狼ハーフの後爪がわき腹を掠った程度で済んだのはまさに僥倖だ。

「ごもっとも」サピエンスは苦笑いするしかない。だから先人は植物の繊維を編んで身に纏うことで皮膚を守ることを考えたのだろう。

「なのに体の何倍もある獲物を狩って四脚獣を従え跨り意のままに操る。不思議だよ」

四脚獣とは馬のことだろうか。今日は狼ハーフと一緒だから乗っては来なかったが興味があるのだろうか。

「それに、お前が持ってきたこの、木の枝に石をくくりつけたコレはなんだ?」

「それは槍だ」

「どうやって使うのだ」

こう、とサピエンスは座したままで槍を握り、前に突き出すのが突き、横に振るのが払い、と構えを実践して見せる。

「面白いな」

狼ハーフは見よう見まねで槍を振り回していたが、何か思いついたのか「ちょっと出てくる」と言って野営地を後にした。

もうだいぶ陽が傾いているから、今夜は野宿だ。

サピエンスはわき腹をかばいながら火を起こす準備を始めた。さすがに痛い。もともとミアキスヒューマンは怪我の直りが早いから、マナが傷の再生を加速するのかもしれない。サピエンスに対しては皮膚が癒着する程度の効果しかないようだ。それでも有り難い。走竜は鼻が利く。傷から発する血の臭いを嗅ぎつけ追跡などされたらたまったものではない。

腰ひもを解いて即席のゆみきりを拵える。そういえば、猟が長引いたり狩がうまくいかなかった時を考えて干した肉と魚を持参しているけど、狼ハーフは炙り肉も食べるのかしらん?

旅装から火きり板を取り出し火種を作ったところで狼ハーフが戻ってきた。

「これはいいものだ、手の届かないとこまで飛び上がった鳥やウサギも獲ることができる。サピエンスは、よくこんなものを思いついたな」

言いながら誇らしげに雉や鶉なんかの野禽やウサギを数羽かざし、そこで手が止まった。

狼ハーフはなんだか困惑した風に目を見開いてサピエンスの手元を見つめる。

「火のマナが踊ってる」

狼ハーフの言葉にサピエンスも驚いた。


 水晶の中で小さな炎がゆらゆら揺れている。


「驚いたな」

いつぞや聞かされたマナの特性。綺麗な光を好んで集まってくる。そうか。火もいうなれば「熱を発する光」だものな。

熱を発する光。入れることができるなら、出すことも可能なのか?

「この火を取り出すにはどうしたらいいんだ?」

「思い切り叩いて強い衝撃を与えればいい」

「なぁ狼ハーフよ」

「なんだサピエンス」

「ちょっと思いついたことがあるんだがいいか」


 翌朝。二人は昨日狩り損ねた走竜を見つけた。

サピエンスに槍でつけられた傷が痛むのか、荒々しい勢いで水を飲んでいる。

「やるぞ」

「おう」

狼ハーフが槍を振り回し咆哮をあげて岩陰から飛び出す。

竜にとってミアキスヒューマンは捕食対象でしかない。逃げるに能わない存在だ。愚かにも真っすぐ向かってくる獲物を捕らえようと狼ハーフに向き直り、頭を低く下げ前傾姿勢をとる。

サピエンスが、火の入った水晶を走竜の鼻先に投げつける。

走竜はなにが起きたのか理解する間もなかっただろう。突然目の前に何かが飛んできた。その熱気が眼球を炙り、肺を焦がした。羽毛に燃え移った炎は顔面を頭頂を焼いた。

熱とすさまじい痛みに混乱し、走竜はけたたましい絶叫をあげ、暴れ転げまわった。何かが足に絡まってどう、と体が横倒しになった。

逃げようにも眼球は干からびて何も見えない。肺も熱気で潰れて呼吸もできない。痛みと熱から逃れようと頭を振り乱し、地にこすりつけた。爛れた頭皮が破れて出血し、更なる苦痛が走竜を襲った。

びくびくと痙攣する走竜の喉笛に槍を突きたて息絶えたことを確認した狼ハーフとサピエンスは、顔を見合わせて互いの無事を確認すると、気が緩んでひざから崩れ落ちへなへなとへたり込んだ。

「上手くいったな」

「ああ」

「でも怖かった」

満面の笑みのサピエンスに狼ハーフがぼそりとつぶやく。

「扱いを間違えたら、ああなってしまうのか」

その言葉にサピエンスは勇み足だったと軽く消沈した。マナは便利だ、だがこの火を使うやり方はもう少し考え直す必要があるようだ。

「でもサピエンスは」

「俺達には思いつかない事を考える。だから大丈夫だ」


 それからも狼ハーフとサピエンスはあちこち連れ立って出かけては水晶以外の輝石にもマナを閉じ込められるのか、属性の違うマナ同士を同時に開放するとどうなるのか、一つの輝石にどれくらいマナを入れることができるのか、色々試してまわった、新しい発見、水から採取したマナと火のマナを同時に開放させると熱い水が生成される。手順を間違えなければ雪のマナを加えて小さな雷を発生させることが出来た。似たような見た目の石でも、マナがもともと持っている肉体回復の力を増強するもの、感情を高揚させるもの、など石の性質によって違う効果を発揮することもわかった。サピエンスは詳細な結果を書き記した。思い付きを狼ハーフと実験して確かめるのは楽しかった。


それから数年たった頃、狼ハーフが死んだ。寿命だ。

少し前から足腰が弱り、耳も視力も利かなくなってきていた。最近ものがみえづらいなどと言い出してから寝たきりになるまであっという間だった。

サピエンスは二日に一度は狼ハーフの許を訪れ、甲斐甲斐しく面倒を看た。

 その日もサピエンスが狼ハーフのもとに向かう途中、広場で四角く形を整えた粘土の塊を並べて焼いていた熊のニアミアキスがパタパタと手を振って挨拶してきた。竜鳥に壊された家屋の修繕をしていたらしい。

「あんたが来てくれてから、集落の補強がずいぶん楽になったよ、ありがとう」

ミアキスヒューマンたちはうまい事マナを使いこなしているようだ。少し羨ましい。

 研究の傍ら、サピエンスは集落に泊まり込んで、石を積み上げ木材で支えるところから始まって、土木の基礎を教えた。それまでは窪みや樹の洞に枯草を敷いた巣が専らで、辛うじてニアサピエンスが泥をこねて作った掘っ建て小屋が関の山だったのだ。灌漑の水路を引いて食べられる種子の育成を教えた。狼ハーフとの実験で新しい発見があるたびに皆を集めて教えた。マナを使うには知識も必要だ。マナには悪い作用をもたらすやってはいけない組み合わせもあるのだ。

狼ハーフのところに行くなら、これを言付かってくれないかいと一度家屋に戻り、蜂蜜の入った素焼きの鉢を寄越してきた。なかなか手に入らない代物だ。言わんとしていることは分かった。


 サピエンスが訪れると、狼ハーフは枕元に子供と孫一族郎党を呼んで言った。

「サピエンスよ、お前とのマナの研究は楽しかった。かけがえのない日々だったよ」

「弱気になるな、お前の息子はよい助手としてやってくれてる。俺の子供もお前に逢いたがってる」

サピエンスは生きる気力を与えようと言葉をかけるが、狼ハーフの瞳から徐々に光が消えていく。マナでもどうにもできない事象だ。

「息子たちと共に研究を繋いでくれ、大事なことはすべて伝えてある」

「ありがとう、お前のことは一生忘れないよ、相棒」


狼ハーフは満足げに目を閉じた。


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