動悸機関車
3℃
‐ 01
機関車は出発してしまった。
窓からみえる閑散としたホームが、ゆっくりと動いていく。
もうどうにでもなれ、という気分に私はなっていた。
頭痛は今朝はじまったわけではなかった。
学校に行きたくない、というのも今朝思い立ったことではない。
日曜日の夕方は憂鬱な気分になる、とよく言うが、私の場合は午前から、つまりは日曜日の大半を憂鬱な気分で過ごすことになる。
そして夕方になると頭痛が追い打ちをかけてくる。
そのまま、頭痛も憂鬱な気分も宵越すことになるのだ。
母さんはきっと休ませてくれない。
たとえ今日休めても、明日がまた辛くなる。
そんなこと、全部わかってる。
でも。
やっぱり今日は休ませてほしい。
朝食時にそれとなく言ってみた。
「なんか、あたまいたいんだよね」
さりげなく、思っていることをそのまま言葉にしているかのように話す。
「ちょっと、今日は、しんどい気がする」
母さんの顔を伺う。
普段と変わらず、すました顔で何も言わない。
考えてみれば、欠席をほぼ許さないという母さんの意向も、今に始まったわけではなかった。
私は電話をかけるのが苦手だ。
「休みたいなら、
高校生にもなって欠席連絡ができず、連絡してほしいという頼みもやんわりとしか伝えられない自分に嫌気がさした。
いつも通り制服を着て、いつも通りに髪を縛り、いつもと同じ鞄を持って家を出る。
どれだけゆっくり歩いても、最寄り駅には十分足らずで着いてしまう。
私はまだ、どうにかして学校を休めないか考えていた。
いや、学校を休みたいわけじゃない。
学校に行きたくないのだ。
学校は休まない方が良い。そんなことはわかっている。
だけど、学校という場には身を置きたくない。
別に授業が嫌なわけじゃない。
私をいじめる人がいるわけでもない。
行きたくないと思う大きな原因が、何か一つあるわけでもない。
たとえ原因がなくなっても、行きたいと思えるようになるかはわからない。
ふと、想像してみた。
電車に乗らなかったら、どうなるんだろう。
学校に向かう列車に乗ることを、誰にも強要させられていないじゃないか。
どんな列車に乗ったって、誰も私を止めない。
想像は妄想に変わっていく。
学校とは反対方向に行っても良い。
いつも見かける、乗ったことがない特急に乗ってみても良い。
なんなら駅に行って電車に乗る必要もない。
いつもなら通り過ぎているバス停で、どこに行くのか見当もつかないバスに乗ったって良い。
ICカードがゆるすかぎり、どこまでも旅ができる。
いっそのこと、持っているお金全てを使い果たして、遠くに行ったきり帰れなくなってしまえば良い。
妄想は限りなく膨らんでいく。
学校から家に連絡が行くはずだ。
父さんと母さん、どんな反応するんだろう。
行方不明届が出されたりして。
ニュースになって、ネットで話題になって、そんなのも面白い。
そして誰かが私を見つけたとき、私はこう言う。
学校に行くのがイヤだった。
そうすれば、父さんも母さんも、学校も、社会の全ても、私が学校を休むことを手放しで許してくれるようになるかも知れない。
膨れ上がった妄想が、ぱん、とはじけ飛ぶ。
いつもこうだ。
妄想だけはどこまでも進んでいく。
それを実行に移したことなど一度もない。
気付けば私は改札をくぐっていた。
いつの間にか駅に着いてしまっていたのだ。
同じ電車に乗るであろう人たちの流れに乗って歩く。
階段に描かれた矢印を追うようにして進んでいく。
矢印に逆らって駆け上がっていく人が目に入る。
私は足下の矢印を、ローファーで踏みつけた。
普段通り、島式ホームの真ん中に立つ事になる。
どっちからくる電車を待っているのか分からない、中途半端な状態になる。
人混みのせいで一つ向こうのホームすら見えない。
いや、見る余裕も無い、といった方が正しいかもしれない。
人混みは苦手だ。
人混みの中ではどこを見ていれば良いのかわからない。
飛び交う視線、知らない人の息づかい、話し声、笑い声。
全てが私の不安をあおってくる。
左肩にかけた鞄を、自分の体に密着させる。
あとは携帯に目を落としてやり過ごすことしかできない。
頭痛が増幅するように感じる。
ここには私と同じ高校に通う人もいるが、全く知らない人も多い。
そんな人たちが大勢で同じ場所に集まっているのだ。
そしてこの中には私も含め、人混みが嫌いな人、がいる。
誰も得をしないとはこのことだ、といつも思う。
電車で通学するようになり、いつの間にか、電車も駅も嫌いになっていた。
電光掲示板に目をやる。
普段と何ら変わらない表示だ。
いつだったか、この路線で大きな人身事故があったのを思い出した。
電車が大幅に遅れ、他の路線や交通機関を使う人もいた。
鉄道会社は凄いもので、一日たてば復旧作業を完了させてしまう。
次の日には何事も無かったかのように、列車は普段通り運行していた。
でも、あの日の遅刻が許される雰囲気や、いつもより空いている電車は、何というか、少し心地よかった。
また事故が起こってくれ、なんて言ってるんじゃない。
あの日のように自分に都合の良い出来事が起こってくれたら、という淡い期待をしているだけだ。
所詮、さっきと同じで、ただの妄想に過ぎない。
聞き慣れた声でアナウンスが始まった。
電車はあと十分ほどでやってくるらしい。
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