藍葉さんは百合が苦手
西園寺 亜裕太
第1話 サイレント失恋
「
わたしの質問を聞いて、藍葉さんは一瞬困ったように首を傾げてから、普段通りの無表情で答える。
「告白されたこと自体はありがとうって思うけど、ちょっと困っちゃうかも」
「そっか……」
空気が止まる。わたしの失恋が確定した瞬間である。困るっていうことはつまり、藍葉さんは百合が苦手ということなのだろう。やり場のない感情を表に出すわけにもいかず、引き攣った笑顔のまま、歩みを進めた。
いつも通りの高校から最寄駅までの帰り道、ついにわたしは気になっていたことを聞いてしまったけれど、多分聞かない方が良かった。見た目には出していないけれど、内心かなり落ち込んでいる。
そんなわたしの気持ちなんて、まったく知らずに、普段通り横を歩いているのは、小柄でおとなしい優等生の
普段から藍葉さんは口数が少ないから、わたしから話しかけることが多いけれど、さっきの質問の答えを聞いてショックを受けてしまっていたわたしは、何も話せずにいた。
今更ながら補足しておくと、わたしは藍葉さんに片思いをしている。けれど、藍葉さんが女の子からの恋愛感情に困ってしまうということは、必然的にわたしからの告白は受け入れてもらえないだろう。曲がりなりにも、わたしだって女の子に該当しているはずだから、例に洩れず困られてしまうのだろう。つまり、フラれてしまうのだろう。
告白する前に振られたことは良いことなのか、悪いことなのかわからなかった。もし、藍葉さんが百合が苦手だということを知らずに告白されてしまったら、今ののんびりとした友達関係すら失ってしまうところだったかもしれない。
ええ、そうよ、大丈夫。元気を出すのよ梅川菜々美! わたしは強い子よ!
わたしは心の中で、自分自身を鼓舞してから頬をパンっと叩いた。すぐ横を歩いているわたしが突然黙って自分の頬を叩いたというのに、藍葉さんは何も言わずに歩き続けていた。
藍葉さんは基本的には人間に対してとことん無関心だから、きっと今も何か考え事をしているのだろう。藍葉さんが興味感心を抱くのは、大好きな鳥に対してだけだろうから。
わたしは気を取り直して何とか方向性の違う話題を考えようとしてみたけれど、どうしても報われなかった恋に想いを馳せてしまい、落胆してしまう。小さなため息をついたと同時に、藍葉さんの方から話しかけてくる。
「でも、随分と突然」
いつも通りの、きちんと耳を澄ませておかないと消えてしまいそうな無感情な声。その意味が一瞬わからなくて、返す言葉に困っていると、藍葉さんは続けた。
「女の子同士の恋、何か心当たりでもあるの?」
5分くらい置いて、せっかく失恋を忘れて気を取り直そうと善処していたのに、藍葉さんは突然また話を掘り返してしまった。
「ないよ! ない! そんなものない! わたし、彼氏欲しいし!」
いや、本当は今の所まったく彼氏には興味はないけれど。わたしは藍葉さんのことが好きなわけだし。少なくとも今のところは藍葉さん以外に恋心を抱ける気がしない。
取り乱すわたしとは違い、藍葉さんはずっと冷静だった。
「友花は別に彼氏いらないけど」
藍葉さんがわざわざ彼氏不要なことを教えてくれた。彼氏も彼女もいらないらしい。なるほど、藍葉さんは今は勉強に集中したいのだろう。理解した。さすが優等生。
ちなみに今更だけど、藍葉さんはみんなからは苗字で呼ばれているのに、一人称は自分の名前。藍葉さんが言うには、「友花の下の名前、誰も使わなくて勿体無いから友花が使ってる」とのこと。少しだけ良くわからないけれどそれが藍葉さんの中の世界では常識なのだろう。それならわたしは藍葉さんの常識を尊重してあげたい。
「変な梅川さん」
藍葉さんがわたしの方に視線は向けずに前を向いたまま首を傾げていた。
藍葉さんは、わたしが藍葉さんのことが好きだから、女性同士の恋愛についてどう思うかを確認した、なんてことにはまったく気づいていないみたい。まあ、失恋してしまった以上、気づかれていない方がありがたいから良いけど。
基本的に、彼女は一緒に帰る時にわたしの方は見ない。ずっと前を向いている。前髪が長いから、目も隠れてしまっていることが多く、あまり藍葉さんと視線を合わせられる機会は少ないのだ。まあ、だからこそ、たまに可愛らしい長いまつ毛に守られた大きな瞳を見られたときは超ラッキーなわけだけれど。
「何か期待してた答えがあるの?」
藍葉さんが思っていた以上にさっきの話題に食いついてきてしまって困る。まさか、さらに話を深掘りしようとしてくるなんて思わなかった。
「ないよ。本当にただ興味本意で聞いただけ。変なこと聞いてごめんね」
さすがに恥ずかしいから、そろそろ話題を変えてほしくて、わたしはできるだけ素っ気なく返答したら、藍葉さんは小さく頷いた。
「わかった」
それっきり、また藍葉さんは静かになった。自称気持ちの切り替えの早いわたしは、今度こそ何事もなかったのように藍葉さんに話しかけようと思ったけれど、藍葉さんがいつも以上に話しかけづらい雰囲気を作っていた。
多分、藍葉さんのことをよく知らない子が見ても、いつも通りの無口な藍葉さんとしか思わないのだろうけれど、このところずっと藍葉さんと一緒にいるわたしにはわかった。
藍葉さんが自分の世界に入ってしまっている時の、普段以上に幼く見える顔。授業中とかに横を見たら藍葉さんが集中しきっている顔をしているのを何度も見たことがある。一見するとぼんやりしているように見えるけれど、きっと藍葉さんの中では、深く何かを考えているのだろうと勝手に思っている。
藍葉さんが創り出す独特の世界観はわたしが邪魔をしてはいけないようなものだから、何も言わないのだ。ただ、静かに横並びで少し早足で歩く。もっとも、普段の勉強しているときや、大好きな鳥を見ている時に見せる集中している表情とは違って、今は一体全体どうしてこんな自分の世界に浸っているのかはわからないのだけれど。
まあ、きっと藍葉さんの中で何か集中しなければならないことがあったのだろう。わたしはそれほど気にせず、彼女の世界を見守っていた。藍葉さんは自分の世界に浸り、わたしはそんな藍葉さんに浸っている。報われない恋でも、藍葉さんで満たされているなら、わたしは今のところはそれで満足だ。
そうして、5分ほど歩くと駅に着いてしまった。ほとんど何も話すことができないまま、軽く手を振ってから別れる。
藍葉さんとは逆方向の電車に乗って、わたしはここから電車に3駅ほど揺られる。3駅という、立つにも座るにも微妙な距離を、わたしはドアの横に立ってスマホを見て過ごす。
田舎の各駅停車の電車だから、乗客もほとんどいないし、別に座っても良いのだろうけれど、短い時間座るのも面倒だし、なにより失恋したばかりの状態でゆったり椅子に座ってしまったら、そのままズブズブと体が沈んで、たった3駅では起き上がれなさそうだった。
意味もなくSNSのタイムラインを見つめていたけれど、なんだか全然内容が入ってこなかった。そんな完全に油断しきっているわたしに向けて、声がする。
「ねえ、菜々美」
突然肩を叩かれて、わたしは背筋を伸ばした。
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