第11話
約束のクリスマスイブの日、私は起きてすぐにおめかしをして待ち合わせ場所に出かける準備をしていた。
「今日は楽しそうね。デートにでも行くの?」
お母さんが、いつになく張り切って準備をする私を見て、疑問をぶつけてきた。
「で、デートなんて、そんなんじゃないけど! ちょっと街に行ってくる。今日は帰りが遅くなるかも」
私は必死に取り繕ったけれど、多分母には筒抜けだろう。母は、私が楽しそうにしている顔を見るのが好きなのか、微笑みながら「そう。行ってらっしゃい」と快く送り出してくれた。
きっと母にとっては、1年前は塞ぎ込んでばかりいた娘が、ようやく前を向いて歩けるようになったこが、純粋に嬉しいのだろう。母の気持ちは分かっているつもりだった。
昴の気持ちだって、私は世界で一番、分かったつもりでいる。
クリスマスイブの月は、満月になる直前の、楕円のような形をしていた。
完全なまん丸になりきれていないその月の形が、まるで昴に一方的に想いを寄せる私の気持ちみたいだと思った。
待ち合わせの最寄駅に向かうまで、私は自分の口から吐き出される息の白さに、思わず瞳を瞬かせた。
「光莉、待たせてごめん」
昴は今日も、待ち合わせ時間に少し遅れてやってきた。両手を擦り合わせて申し訳なさそうな表情をしている。
黒いネックウォーマーとニット帽、ダッフルコートに手袋をはめて、防寒対策はばっちりな様子だ。
「こんばんは。完全防御ね」
「だって今日は1日外だから。寒さには弱いんだ」
参ったというような声で話す昴なのに、表情はどこか楽しげだ。私も同じ。今日は
昴とクリスマスデートをするのだ。ここで胸が躍らないはずがない。私は、自分の口から怪しい笑みがこぼれないかどうか、心配しながら改札を潜った。
昴と電車に乗って、繁華街へと向かう。
いつもとは違う夜の始まりに、私の胸はすでにどくどくと鼓動が速くなっていた。
繁華街へとたどり着くと、夜も遅い時間だというのに、駅を降りた瞬間から多くの人でごった返していて、私は人波に足を取られてしまいそうになった。それだけたくさんのカップルや家族連れが、今日という日を心待ちにして、聖なる夜に街へ繰り出しているのだ。帰宅する人の波もあって、混んでいるのは大変だが、私も普通の人間の一端になれた気がして嬉しかった。
「大丈夫?」
昴は人の多さに圧倒されている私の手をぎゅっと掴み、私を駅の外へと連れていく。
「えっ」
あまりにも自然で、しかも咄嗟の出来事だったので、私は抵抗する暇もなく、大人しく昴に手を惹かれていた。手袋越しでも分かる、彼の手の温かさに、心がじんわりと熱くなるようだった。
どうしよう。こんな至近距離で、手まで繋いで。緊張しちゃうよ。
頭の中ではぐるぐると繋がれた手の方へ意識が持っていかれてしまって、私の足取りはやっぱりおぼつかなかった。
「やっと抜けた! あっちでイルミネーションやってるから、行こう」
「う、うん」
駅を抜けると、すでに街は街路樹に飾り付けられたイルミネーションで右も左も輝いていた。思わず「きれい」と感嘆の声が漏れる。普段から自宅と学校、公園を往復するだけだったので、街がこんなに煌びやかな光に包まれているなんて、想像すらできていなかった。
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