第10話
それからの私たちの毎日は、週に4回音楽室で私がピアノを弾き、3回公園でサッカーをするというルーティンが出来上がった。
私がピアノを弾いている時も、昴と公園でサッカーをしている時も、私たちは夜の世界だけで、存分に日々を満喫していた。みんなと同じように、太陽の下で学校に行けなくても、昴がいてくれたら私は十分幸せだと思えた。
ここのところ、ずいぶん遅くまで昴は私と遊んでくれていた。お家の人は心配しないのかと再三尋ねても、昴は相変わらず、おばあちゃんの認知症で、家に帰っても楽しくないのだとけろっとした顔で話していた。
「僕は、光莉と過ごしている方がよっぽど楽しいんだ」
そんなふうに言われてしまったら、私だって反論できない。
「私も、昴と一緒に遊べて最高に楽しいよ。ううん、毎日が、月の光みたいに穏やかに輝いて見える」
「それ、詩的な表現だね。光莉はいつか、詩人になれるよ」
「なにそれ。私はピアノしか愛せません!」
昴は適当なことを言っているように見えるのに、いつも私の胸をくすぐったり、喜ばせたりしてくれる。それは私が、彼のことを特別な存在だと思っているからなのだろうか?
昴との毎日は、孤独だった私の日々を優しく照らしてくれる月の光なのは、間違いなかった。昴はいつも、私のことを気遣い、楽しませてくれた。私の弾く『月の光』を最後まで心地良さそうに聞いて、終わったら拍手をしてくれる。サッカーで汗水垂らして下手くそな私にもパスをしてくれる。たったそれだけのことが、私の胸を大きく揺さぶった。
昴と出会って数ヶ月の月日が流れた。
12月に入り、私の苦手な本格的な冬が訪れようとしていた。冬は、夜になると一気に気温が下がる。遅くまで外にはいられない。
私たちは、普段は夜中の12時過ぎまで一緒に過ごしていたのだが、最近は寒くなってきたので10時半には家に帰ろうということになっていた。
彼と過ごせる時間は、1日1時間半程度だ。寂しかったし、もっと長く一緒にいたいと思うけれど、ほぼ毎日会っているのだから、わがままは言っていられない。
だが、12月になると、昴はよく待ち合わせの時間に遅れるようになった。夜8時に目が醒める私は、最短30分で準備をして出掛けているのだが、昴は約束の9時になっても学校の校門前に姿を現さないことが増えた。9時半になり、ようやく彼がやってきた頃には、私はすでに音楽室で『月の光』を何回も弾いたあとだった。
「ごめん、寝坊しちゃったんだ」
私のように昼間に眠る体質でもないのに、昴はそう言って申し訳なさそうに頭を下げる。「宿題が終わらなくて」とか、「おばあちゃんの世話が長引いて」とか、遅れる理由のバリエーションは様々だった。どれも仕方がないと思わせられるものばかりで、私はやきもきさせられた。
「全然大丈夫なんだけど、早く帰らないといけないから、ちょっと寂しいかなって」
遅刻しまくる昴にもう少しだけ罪悪感を抱いて欲しくて、私は小さく拗ねてみせた。
「ご、ごめんって! そうだよな。最近寒いし、会える時間も少ないし……。じゃあさ、お詫びといってはなんだけど、今度のクリスマスの日、街にデートに行かない? その日だけは、門限はなしということで」
デート、という響きが、私の脳天にぱっと閃光のように降り注ぐ。
これまでだって、学校や公園でデートをしていると言えばそうだったが、クリスマスという特別な日に街へ出かけるなんて、想像するだけでも胸が高鳴った。
私は嬉しくてつい、自分の頬が綻んでいるのに気づいた。さっきまで不貞腐れていた気持ちはどこへいってしまったんだろう。
「その感じは、決まりだね」
私の表情を見て、私がデートに行きたいと思っていることを察してくれた昴がほっとしたように笑った。
「うん。ありがとう。楽しみ」
私は昴の目を見て、この人には敵わないと思ってしまう。彼は私をすぐに悲しくさせるし、かと思えば私を胸いっぱいに喜ばせてくれる。いつも穏やかに輝く月とは反対に、山の天気みたいにころころと気分が変わっていく自分が、自分でも不思議だった。
私はもう、どうしようもなく昴のことを好きになっていた。
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