わたくしの婚約者は国で一番強い人に決めます

アソビのココロ

第1話

「ケイトリン、カゼを引くよ。部屋に入りなさい」

「はい、母様」


 王宮のベランダから屋内へ。

 むしろ夜風で頭を冷やしていたのだ。

 マールサイド王国とその王女たるわたくしの行く末を考えると、頭がオーバーヒートしてしまうから。


 王権が弱過ぎる。

 一言で言えばそれに尽きるのだが、もう何代も前から王家なんて飾りに過ぎないので、今更仕方のないことだ。


 問題は二つ。

 ハルアスキス公爵家とキーツホッフ辺境伯家、有力貴族二家の勢力によって国が真っ二つになっていること。

 もう一つは王家にわたくししか子がいないこと。

 わたくしを手に入れることはすなわち、衰えたりとはいえ民や諸侯、外国に影響力のある王家を我が物とすることに等しいのだ。

 そりゃあハルアスキス公爵家もキーツホッフ辺境伯家も、わたくしを得たがるだろう。


「ケイトリンも考えることが多いだろうけど」

「……」


 今考えないでいつ考えるのだ。

 父様母様は国王夫妻とは名ばかり。

 流されるばかりで思考力を失っているし。

 いや、考えても解決法は思いつかない。

 思考を放棄するのは、ある意味正しいのかもしれない。


 わたくしは婚約を迫られている。

 当然のことながら、ハルアスキス公爵家嫡男とキーツホッフ辺境伯家嫡男の両方から。

 つまりわたくしがどちらかを選んだ途端、やれ王家が味方だ賊軍を捻り潰せの、やつらの陰謀だケイトリン王女殿下を奪い返せので、戦端が開かれること十中八九間違いない。

 王国は泥沼の内戦に突入する。


 外国に嫁ぐという方法もなくはない。

 しかしその場合は公爵家辺境伯家に加えて、外国まで争いに加わる口実を与えてしまうということだ。

 民の苦しみはいかばかりになることか。


 そこまで考えたところで閃いた。

 ハルアスキス公爵家とキーツホッフ辺境伯家の勢力と声望が拮抗しているから争いになるのだ。

 よって軍事力なんかゼロに等しい王家を、両陣営とも味方にしたがる。

 王家がついただけで優勢になるから。

 どちらかが優勢になれば、劣勢になった方は迂闊に仕掛けようとしないのでは?

 そして劣勢方の貴族を調略していけば、大きな戦争にはならない?


 しかしわたくしが誰の婚約者になるかが問題だ。

 先ほど考えたように、さしたる理由もなければ陰謀説が持ち上がって、反対陣営を燃え上がらせてしまう。

 つまりわたくしが婚約者となることに、有無を言わせぬ理由がなければならない。


 正国教会を抱き込み、神の権威に縋ればいい。

 神の名の下に武闘大会を開催し、優勝者をわたくしの婚約者にすればいいのだ。

 卑怯な振る舞いがあった者には神罰が下るとしておけば、ハルアスキス公爵家とキーツホッフ辺境伯家も声望の低下を恐れて大したことはできまい。

 どちらの陣営の誰が勝利するかはわからないが、勝った方には神に愛された勇士が誕生し、かつ王家が味方することになる。

 これなら反対陣営は腰が引けようというもの。


 正国教会だって神の権威を際立たせ、存在感をアピールできる機会とあれば飛びついてくるだろう。

 しかも結果的に勝ち組に恩を売る格好になる。

 反対するはずがない。

 わたくしは早速正国教会に使いを走らせた。


          ◇


 ――――――――――王宮の一室にて。武闘会の優勝者アレックス・レッドセルデン視点。


 ケイトリン王女が主催した武闘会で優勝をかっさらってやった。

 どうせ宰相デイモン・ハルアスキスもオーティス・キーツホッフ辺境伯も、王女と武闘会の勇士両方を手に入れ、王国を手中に収める目論見だったんだろうが。

 ハハッ、ざまあ見ろ!

 アレックス・レッドセルデンの名を脳に刻み込め!


 数年前までレッドセルデン侯爵家は中立派の旗振り役だった。

 宰相を中心として王都で強い影響力を持つハルアスキス公爵家と、武闘派で地方貴族を取り込んだキーツホッフ辺境伯家。

 中立派はどっちにも与しない者達の緩い連合だったのだ。

 マールサイド王国の勢力バランスは、中立派によって保たれていたと言っていい。


 父が失脚したのは突然だった。

 正規でない奴隷売買に関与したというのだ。

 あれは完全に嵌められた。

 父は扱いの悪かった子供の奴隷達を買い取っただけだったのだ。

 そうしたら彼らが正規の奴隷でなく、ただの孤児だったことが判明した。


 奴隷商の不正だったのだが、やつは侯爵に強要されて逆らえなかったなどと言いやがったのだ。

 大スキャンダルとなった。

 宰相に利用され、父は自害を迫られた。

 嫡男のオレは剣闘奴隷に落とされ、レッドセルデン侯爵家は年少の弟が継いだ。


 ……何がレッドセルデン侯爵家を潰すに忍びないだ。

 デイモンのやつめ。

 弟を傀儡にして取り込むつもりだったんだろうが。

 いずれにしても核であったレッドセルデン侯爵家を失い、中立派は名ばかりの存在となった。

 緩衝役だった中立派を失い、マールサイド王国の実権を握る争いは、ハルアスキス公爵家とキーツホッフ辺境伯家は単純な力比べとなった。

 事態は先鋭化した。

 王家の苦労がよく理解できる。


「アレックス様」

「これはケイトリン王女殿下」


 ケイトリン姫が入室してきた。

 相変わらず美人だ。

 子供の頃も可愛いと思ったものだが。


「様付けはおやめください。今のオレは奴隷に過ぎません」

「何を仰いますか。幼い頃からアレックス様は素敵なお兄様でしたよ」


 そう言われると面映い。

 確かにケイトリン姫は妹みたいな存在だったけど。


「今はわたくしの婚約者となりましたしね」

「ハハッ。用件は何でしたでしょうか?」


 王家とケイトリン姫の腹がわからない。

 奴隷のオレが武闘会で優勝するなんて、完全に計算外だったはずだし。


「アレックス様の魔法の実力は存じ上げていましたが、素の武術でも強いなんて知りませんでしたわ」

「宮廷魔道士時代のオレの研究は、魔法で肉体を鍛えるというものだったんだよ」

「道理で。惚れ惚れするほど素晴らしい身体でいらっしゃいます」

「だろう? まさか自分の肉体をムキムキにすることになるとは思わなかったけど」

「うふふ。やはりアレックス様はそうやって言葉を崩して喋っていただく方が、楽しく会話できますわ」

「あ」


 ちょっとばつが悪い。

 つい昔みたいに気安く話してしまった。

 許しももらったことだしいいか。

 卑しい奴隷の身で敬語も却っておかしいだろうし。


「単刀直入に聞くけど、ハルアスキス公爵家とキーツホッフ辺境伯家の勢力が拮抗している今の状況が悪いと考えていた。先日の武闘会はどちらかに勢力バランスを傾ける意味合いがあった、という理解でいいのかい?」

「そうです。さすがアレックス様ですね」

「やはり。これは王家の考え方で?」

「王家と言いますか、わたくし個人の考えですね」

「何と」


 いや、王家がやる気を失っているのは昔からだからな。

 ケイトリン姫のバックに誰かいるのかと思ったら、どうやら個人の考えらしい。

 ちょっと驚きだ。


「姫は今後どうするつもりだったんだい? もちろんオレにできることなら全面協力させてもらうけど」

「普通に考えれば、武闘会ではハルアスキス公爵家側かキーツホッフ辺境伯家側のどなたかが勝つはずでした。一般参加枠なんてトーナメント三二枠の内一つしかありませんでしたし」

「何か悪いね」

「いえいえ。これも神の思し召しだと思います」


 神、か。

 ケイトリン姫の婚約者は神が決めるとして、両陣営を納得させたらしい。

 勝利者側に神の威光と王家の支持を与えることでパワーバランスを大きく傾け、事態を収めようって考え方だったんだろうな。

 宰相と辺境伯のどっち側でもないオレが勝って計画は御破算になった。


 しかしケイトリン姫は楽しげだ。

 まだ何か策があるらしい?

 どうするつもりだろう?


「まずアレックス様の身は王家で買い取ります」

「うむ、ありがたい」

「優勝の際、アレックス・レッドセルデンの名が際立って響いた気がしました」

「ハハッ、オレから家名を取り上げなかったのが仇になったな」


 宰相デイモンはオレから姓を奪わず奴隷に落とした。

 レッドセルデン侯爵家を嗤うつもりだったに違いないが、現実にはレッドセルデン侯爵家に最強の勇士を誕生させる結果となった。

 皮肉なものだ。


 ケイトリン姫の目が怪しく輝く。

 策謀家の目だ。


「これを」

「レッドセルデン侯爵家の調査書?」

「新聞にリークします」


 あっ、父が無実であることもしっかり裏付けが取れているじゃないか。


「王家の影は忠実で優秀ですのでね」


 王家に影と呼ばれる諜報機関があることは知っていた。

 ハルアスキス公爵家やキーツホッフ辺境伯家に取り込まれておらず、王家が独立に動かせるらしい。


「オレが武闘会で優勝した今なら、記事は大いに注目されるということか」

「無実の証拠があっても、レッドセルデン侯爵家を潰さないことだけで精一杯でした。王家の力が足りず申し訳ありません」

「そうか、レッドセルデン侯爵家が取り潰されなかったのは、王家の力添えがあったからなのか」

「神の名の下に行った武闘会トーナメントを反故にするほど、宰相も辺境伯も愚かではありません。とすると、宰相は必ずアレックス様とレッドセルデン侯爵家を抱きこみにかかります」

「ふん、デイモンのやつは、既にオレの弟は手の内と考えているだろうからな」

「表向きアレックス様は宰相に従っていただきます」

「……何だと?」


 オレにとって宰相デイモンは不倶戴天の敵だ。

 ケイトリン姫だってわかってるはずだが。

 いや、待てよ?

 姫は今、『表向き』と言ったな?


「これを」


 また調査書?

 こ、これは……。


「そう、宰相の不正の証拠です。アレックス様と王家が宰相につく姿勢を見せますと、宰相は優勢になったと思い込みます。そこでこの調査報告の一部をばら撒きます。するとどうなると思います?」

「……おそらくは劣勢だと認識している辺境伯が、宰相デイモンを糾弾できる千載一遇の機会だと兵を挙げる。君側の奸デイモンを撃つと吹聴して」


 おお、ケイトリン姫の笑顔はとても美しい!


「アレックス様は迎撃軍の一将として、かなりの兵を率いることになると思います。辺境伯軍を叩き潰してください。アレックス様の魔道の実力があれば可能だと思います」

「ふむ?」

「その戦功と魔道の実力をもって迎撃軍の主導権を握り、また辺境伯軍の残党を寛大に許して心服せしめてください」

「了解だ。宮廷魔道士にまだオレの籍はあるかな?」

「ありませんでしたが、復活させておきました」


 つまり戦力的な優勢と魔道兵器でもって辺境伯軍を意気阻喪させて取り込み、返す刀で宰相デイモンを討つつもりらしい。

 本来は宰相と辺境伯のどちらかを潰し、生き残った方の専横を許しても、せめて争いのない時代をと考えたに違いない。

 しかしオレが武闘会で優勝したから、両方潰す思考に切り替えたってことか。

 ハハッ、姫はさすがだな。

 思い切りがいいが、しかし……。


「何故姫はオレを信用してくれる?」


 オレがデイモンを嫌っていることは調べがついてるかもしれない。

 しかしオレはオーティス・キーツホッフ辺境伯と意趣があるわけではない。

 オレが辺境伯に通じることだって、聡明なケイトリン姫なら当然考えただろうが?


「賭け、ですかね」

「賭けか」

「お兄様に期待しているのかもしれません」


 悪戯っぽく笑うケイトリン姫。

 要するに姫か辺境伯か、どちらかを選べという選択を迫られているのだ。

 もちろんオレは美しい姫を、夢のある未来を選ぶ。

 剣闘奴隷のオレが夢を見て何が悪いのだ。


 姫の凛とした覚悟と知略の冴えは見せてもらった。

 ならばオレも期待に応えねばなるまい。

 武闘会でオレの個人的武勇は周知させた。

 あとは将器と魔道の実力で捻じ伏せろということだ。


「全て了解だ」

「ありがとうございます。戦いの経過にタイミングを合わせて、宰相の不正の証拠の残りを投下します」

「なるほど。辺境伯軍の残党を味方につけていれば、宰相派の諸将にも対抗できるということだな?」

「できれば宰相派の諸将も糾合してください。宰相を見捨てたくなるような、えぐいスキャンダルも放出いたしますので」

「ハハッ、わかった。任せてくれ」

「士気を維持し凱旋軍を率いて戻ってきていただければ、それで決着はつきます」

「……大丈夫かい?」


 宰相デイモンは、王国一の兵力となった凱旋軍を恐れるんじゃないか?

 陛下やケイトリン姫を人質にすることだって考えられる。


「問題ありませんよ。王家の影、近衛兵、宮廷魔道士のネットワークができていますからね」

「おおう」


 ケイトリン姫はすごい。

 一人でこれだけの……。


「姫、オレでよかったら胸を貸そう」

「……ありがとうございます」


 ケイトリン姫を抱きしめる。

 オレはバカだ。

 ここまで話していて、ようやくケイトリン姫が震えていることに気付くなんて。

 当たり前じゃないか。

 一七歳の少女が確とした未来も見えぬまま、せっせと証拠と情報を集め陰謀の計画を立てていたのだ。

 ピースが足りないことを知りながら。


「オレが姫に足りなかったピースになろう」

「本当によろしいのですか? まだ引き返せるのですよ?」

「クソ度胸だけはついたな。剣闘奴隷をやっていてよかったことの一つだ」


 ああ、ケイトリン姫が笑った。

 オレはこの笑顔を守る剣となろう。


「一つ要求がある」

「何でしょうか?」

「デイモンの首をくれ」

「……必ずしも約束はできませんが、なるべく生け捕りにいたしましょう」

「いや、すまなかった。姫のいいようにしてくれ」


 逃がさず殺す用意があるらしい。

 邪魔してはいけないな。


「ケイトリンとお呼びくださいな」

「ケイトリン」


 再び強く抱きしめる。

 快活だった少女が、ここまで深謀を巡らせるようになった。

 他に頼れる者がいなかったからだ。

 陛下御夫妻は、まあ有り体に言って腑抜けだしな。


 オレだって一人で戦ってきた。

 ケイトリンがレッドセルデン侯爵家のために動いてくれていたと知って、胸が熱くなる思いだ。

 ケイトリンとオレを苦しめた責任を取って、デイモンよ。

 お前は死ね。


 ケイトリンを離す。


「続きは国を手に入れてからだな」

「はい」


          ◇


 ――――――――――一年後。

 

 デイモン・ハルアスキス公爵とオーティス・キーツホッフ辺境伯は、ともに黄泉の国へ追放された。

 マールサイド王国は建国時の強い王家を取り戻した。

 全ては王女ケイトリンとその婚約者アレックスによって主導された。


 ケイトリンとアレックスの結婚は二年後に予定されている。

 また結婚と同時に王位はケイトリンに譲位されることが決まっている。

 臣民ともに繁栄の未来を確信していた。


 信頼できるパートナーを得たケイトリンは輝いていた。

 ムリのないスピードで新政策を打ち出し、現実に即した提案力には徐々に信頼が寄せられるようになる。

 アレックスは王国の守護神として、また名誉宮廷魔道士長として、王権に安定を与えた。


 ケイトリンの後ろには常にアレックスの姿があった。

 宮廷画家の描いた二人の姿の絵が、王宮のロビーに飾ってある。

 ケイトリンが全幅の信頼をもって背中を預ける構図のその絵は、二人の関係が如実に表現され、類を見ない傑作とされた。

 タイトルは『信頼と愛』である。

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