第2話 緊急事態
今から一か月前の九月某日。
〝彼女が車にはねられて、
その知らせを聞いたのは
「
「はい。すみませんでした。あいつにはよく言っておきます。すみません、すみません……」
先輩からいつものように小言を言われながら、職場の電話を耳に当てる。
「もしもし」
「やっと出た! 大雅、今すぐ○○病院に来い!」
電話の相手は先輩の言う通り、大雅の
「何だよ、急に。それにここにはかけるなって」
「馬鹿野郎! そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」
守の息は妙に荒れており、いつも以上に語気は強かった。
その並々ならぬ雰囲気に大雅は
「ど、どうしたんだよ?」
「いいか、落ち着いて聞けよ……」
そう言って守が一度、唾液を飲み込む。異様に大きく聞こえたその音は電話越しの大雅の耳にも届いていた。
「
守の声が耳介から
突然のことに頭が上手く働かない。
真っ白になるというよりは真っ黒になるといった方が近かった。
赤やら青やら黄やら緑やらの色全てがぐちゃぐちゃに混ざり合い、ハーモニーを通り越し真っ黒に染められているというような表現が一番分かりやすいかもしれない。
――美波ちゃんが車にはねられた、美波ちゃんが車にはねられた、美波ちゃんが車にはねられた…………。
頭の中で繰り返されるエンドレスリピートに目が回る。
肺に送る酸素の量が圧倒的に足りない。
せり上がってくる胃液が喉を刺激しひりひりと痛い。
「――い、おい! 大雅! 聞いてるか! おいって!」
耳から守の声が聞こえてきてようやく大雅は現実に戻ってきた。
「……あ、ああ」
短く
信じられない気持ちと信じなくてはいけない気持ちが同時に
すんでのところで自我を保ってはいるが、脈は速くなり手足の震えは止まらなかった。
「とにかく、今すぐ来い! いいな!」
「あ、ああ。分かった!」
大雅は受話器を乱暴に置き、スタッフルームに戻る。
着ていた制服を脱ぎ捨て、スマートフォンと財布をズボンのポケットに突っ込む。
そのまま先輩の前に行き告げる。
「すみません! 急用で早退します! 失礼します!」
「っんな! おま」
先輩が何かを言おうとしていたが、それを最後まで聞くことはせずにコンビニを飛び出した。
生温かい空気が大雅の顔を襲う。
九月の夜だというのに外は熱気でいっぱいだった。
守から伝えられた病院はそこまで遠くはないが、近くもない。
走って行けない距離じゃないけど、それでは遅い。
急ぐならばタクシーを捕まえて向かうのが最善だが、
――そんな時間はない! 一秒でも早く行かないと!
大雅はふと目についた自転車に
どこをどんな経路で向かったかは全く覚えていない。
途中、曲がり角で車にぶつかったり、マンホールで滑って転んだりしたが、そんなことはどうでもよかった。
息を切らし、額から
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