第18話 誰が為に、その座はあるか

 希代の暗君として、国中の悪意を一身に受けていた元女王は、容姿についてもひどい言われようで暴飲暴食がたたってだらしなく肥え太った醜い中年女という話だった。


 ところが、元女王が現れると言われ待っていたところに現れたのは、醜いどころか誰が見ても可憐という印象を抱くであろう美少女である。


「……今更だけど、あんたがこの国の引きずり下ろされた女王で間違いない、のか?」


 テレビやインターネットという、接点を持たない人間でも気楽にどんな容姿をしているのか媒体がないこの世界。


 女王などという雲の上の存在の姿を目にする機会はほぼないだろうが、それでも出回っている噂との乖離が激しすぎて確認することすら遠慮を覚えるほどだった。


 対して少女は、ユージンの言葉に対してわずかに悲しげな表情を浮かべはしたものの静かに首肯する。


 ある意味で「本気で聞いているのか?」と怒られる可能性すら覚悟していたので、相手が認めたというのににわかには信じられない思いだった。


「わたくしが、第56代エスターシア国王、ヒルデガルト・マルクト・リデリ・エスターシアです――いえ、でした」


 涼やかな声で、少女は名乗った。


「……つまり、誰かの謀略だったってことか」


 どこまでかはわからない。


 ただ、彼女の年齢、容姿、行状について何者かが膨大な嘘を広め、民の不満を煽り、そして引きずり下ろしたのだろう。


(それにしたって、不満が膨れあがったぐらいで国家元首が替わるのかね?)


 民主主義なら選挙で負けることはあるだろうが、ここは国家元首が統治する独裁国家だ。


 ありえるとすれば、市民が蜂起する革命ぐらいだが、そんなものが起こればもっと国は混乱しただろう。


 見た限り、軍や衛兵は問題なく働いており、国の枠組みがひっくり返されたというより、噂通り女王だけが引きずり下ろされた印象だ。


 どうやったらそんなことになるのか、今ひとつ想像しずらかった。


「お楽しみの最中に悪いけど、私達も混ぜていただけるかしら?」


 ここで、レヴェンナと、おまけにマヤが連れだって入室してくる。


 ユージンが睨むと、マヤは「うひゃ」とわざとらしい声を上げてレヴェンナの背後に逃げ込んだ。


「その子は実の叔父の策略にはめられて、キミも耳にした悪評を押しつけられたのよ」


「実の叔父?」


「ええ、大臣だったライザード。ライザード・ハリル・モダ・ウルクベスタの仕業」


「俺には貴族の世界のことはよくわからないが、王位なんて、たまたま就けるもんじゃないだろ。誰かが悪巧みをしたところで、他に守ってくれる奴はいなかったのかよ?」


 それならそれで、彼女にはこの国を治める王としての器がなかったことになる。


 ユージンが指摘すると、ヒルデガルトもレヴェンナも、初めて痛いところを突かれた顔になった。


「わぁ、ユージンさん、容赦ないですね」


「な、なんだよ、俺が悪いのか?」


 明らかに面白がっているマヤに対して、レヴェンナはこれ以上ないほど真剣な表情を浮かべていた。


「ここから先を聞けば、キミは引き返せなくなるわよ?」


「面倒ごとはごめんだが、だからってここで失礼させてもらえはしないんだろ?」


「まあその通りね」


「だったら強制だろうが……。いいからさっさと聞かせろ」


「ご、ご迷惑をおかけします」


 悪辣な女王だと聞かされていたのに、面白がってるマヤに悪びれないレヴェンナの二人とは違い唯一ヒルデガルトだけがしおらしく謝罪した。


 なんとも調子が狂う。


「……この先の話次第だな」


「はい、ではわたくしがご説明いたします」


 ヒルデガルトは一つ息を吸い、気持ちを落ち着けてから口を開いた。


「ユージン様、とお呼びしても?」


「お好きにどうぞ」


「ユージン様、この国の王位継承条件をご存じですか?」


「知ってはいないが、普通は王様の係累で、関係が近い順から立場が強くなるんじゃないのか?」


「我が国は、魔法王国。ユージン様が仰る条件に加えて、王位継承者は魔法が使えなければならないというものがあります」


「魔法……?」


「王家発祥の地にある遺跡で、魔力を捧げ、この地を支配するに足る人間だと証明する必要があるのです」


「王家発祥の地、ねぇ」


「はい、実は、驚かれるかも知れませんが――」


「ヒルデ、そんなことまで教えてしまってもいいの?」


 さらに説明を加えようとするヒルデガルトに対し、レヴェンナは異論を口にする。どうやらこの先は本当に、エスターシアにとって重要な秘密になってくるらしい。


 見れば、思った通り、マヤなどは好奇心丸出しでヒルデガルトが話を続けるのを待ち構えていた。


「構いません。助力を請うのですから、すべてお話ししなければ礼を失します」


「あなたの判断なら、ええ、文句は言わないでおきましょう」


 レヴェンナが引き下がると、ヒルデガルトは改めて口を開いた。


「……ユージン様も耳にしたことがあるかもしれませんが、この国にはセフィロトが存在すると言われています」


 想像もしなかったところで求めていた単語が飛び出し、ユージンはどうにか平静を装った。


 セフィロトが王家発祥の地と関わりがあるということは、彼女達は天空人と関係ある血筋なのかも知れない。


 ユージンはセフィロトに向かわなければならない。


 その一方で、敵対者と関係しているかもしれないヒルデガルト達と近づくのは危険である可能性もあった。


(さて、どうするべきか……)


 密かに頭を悩ませているユージンの前で、ヒルデガルトの説明は続いていた。


「王位継承者は、自らの正統性を証明する必要があるのです」


「セフィロトに魔力を捧げることで……ってことは、あんたはまさか」


 ヒルデガルトはドレスの合わせ目から、星の杖を取り出した。どうやら内ポケットになっているらしい。


 平たい板状の杖。


 しかしその大きさは、他と異なっている。


 スマホのような手のひらに収まるサイズではなく、元の世界で言えば、いわゆるタブレットと同じだ。


「……それは、普通の星の杖より大きな容量を持ってるはず」


「はい、星の杖としては、より上位の存在であるとわたくしも聞いております」


 なのに、とヒルデガルトは残念そうに自分の星の杖に目を落とす。


「わたくしがこの杖に選ばれたとき、父も母も喜んでくれたそうです。ですがその、上位の星の杖でも……まるで動いてくれないのです」


 そう言いながら、杖の起動部分を押し込む。


 しかし杖は沈黙したままだった。


 例によって領域が枯渇しているか、あるいは単純に故障している可能性もあるだろうか。この世界の歴史におけるターニングポイント以降、星の杖はリユースされることになったが、それはそもそも想定された使われ方ではない。


 年月を重ね、何人も使用者を変更するうちに領域枯渇以外の想定外のトラブルが引き起こされていても不思議ではない。


 ここまでにも様々なトラブルや、想定外の使い方で問題が起こっていた人間は山ほど見てきた。


 検索して杖の中を見てみないとわからないが、立場が立場であるだけに、大問題のはずだ。


 それが、血筋としては直系でありながら、ヒルデガルトを守ってくれる人間が少ない理由なのだろう。


(相変わらず、馬鹿馬鹿しいことだ……)


 魔法など、ユージンからしてみれば自分達同胞を犠牲にした、くだらない技術である。


 そんなもので人間の価値が推し量れると考えている、この世界の判断基準には心底嫌気が差す。


 それはそれとして、少なくとも表向きただの旅人でしかないユージンがこのような複雑で、高度に政治的な話し合いの最中に引っ張り出されるのは不自然だ。


 その理由を探して室内に視線を彷徨わせ、とある人物に行き当たる。


「お前があれこれ吹き込んでくれたってことか……?」


 諸悪の根源を軽く睨む。


 しかしマヤは、ユージンが視線を向けると同時にそっぽを向いて、ふゅ~ふゅ~、と口笛を吹いてすっとぼけている。


「彼女とは、昔からの顔なじみでね」


 代わりにレヴェンナがユージンの推測を肯定してくれた。


「職業倫理とか聞いたことないのか?」


「や~、そう言われると耳が痛いですねぇ。でも私、自分の研究のためならどんな犠牲でもいとわない主義ですので!」


「犠牲は自分が権利を持ってる範囲でやってくれ!」


「ですから、私の職業倫理と良心を犠牲にしてます!」


「んなもん、認められるか!」


 いっそ清々しいほどの屁理屈である。


 ヒルデガルトは気遣わしげに見守っていた。どうやら本当に、噂とはまるで違う人柄らしい。


「じゃあ、納得してくれたということでいいのかしら?」


 レヴェンナが横から自分の要求だけ差し込んでくる。


 こっちはこっちで、なかなかいい性格だ。


「あんた達が、この裏切り者からなにを聞いたか、その上で何をさせたがっているかにもよる」


「あ、それは私も聞きたいです。古代魔法で、女王様の星の杖を修復してもらうの?」


「お前は黙ってろ。古代魔法なんて知らん」


「またまたぁ」


 放っておくと、底なしに余計な情報が漏れ出してしまいそうだ。


 それに実際、ユージンが用いている力は、古代魔法などと呼ぶべきものではない。


 そもそもどこまで聞いているかはわからないが、この学者バカはどこかで黙らせた方がいいと固く決意するのである。


「へぇ、古代魔法ってそんなことまでできるのね」


 星の杖を直せるとのマヤの言葉に、レヴェンナが鼻を鳴らす。ヒルデガルトも軽く目を見開いていた。


「このバカの世迷い言だよ」


 今後、マヤに関してはもう「バカ」と呼称してやると決定した。


「ま、私にとってはどっちでもいい――いや、むしろ修復は望んでないかな」


「え? そうなの? 意外~。でもでも、女王様に魔法が備わってたのだ、って証明できたら一発で問題解決するんじゃない?」


 マヤの立場は傍観者か、単なる協力者でしかないのだろう。気楽な態度を崩さない。その一方で、ユージンにとってもそのレヴェンナの言葉は意外だった。


「いいわ。順を追って説明しましょう」


 レヴェンナはそう言いながら、ユージンの手を戒めていた手枷を外す。


「いいのか?」


「そうね。無理矢理逃げられるのは困るけど、あなたにも好奇心ぐらいあるでしょ?」


「……聞くだけは、聞いてやるよ」


「あ、あの、ありがとうございます」


 そう言いながら、律儀に深々と頭を下げたのはヒルデガルトであった。


 レヴェンナの身分はよくわからないが、この場で一番偉いはずのヒルデガルトが一番謙虚なのは皮肉が効いている。


「端的に言うと、私たちは王位奪還を目指しているの」


 それは、先ほどからの流れからすれば当然の目的だろう。


 ただ、それならマヤが言った通り、ヒルデガルトの杖を修復するのが最もわかりやすいはずだ。


 だというのに、むしろ邪魔になるとでも言うようなトーンで「望んでない」と言い切るのにはやはり違和感を覚える。


「その理由を聞いても?」


「ええ。それは、実は王位を狙ってるからなの?」


 レヴェンナの発言である。


「は……?」


 色々な意味で、ユージンは目が点になっていた。


 王座を取り返すというのだから、ヒルデガルトのためではなかったのか。


 そもそも、ヒルデガルトが正統な王位継承者であったとして、その彼女の前で自分が王位を狙っていると公言する神経が理解できなかった。

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