第15話 褒められすぎると逆に困るのだが……。

 いつもの時間。


 いつもの装いで、ユージンは廃屋で待機していた。


「本当は、もっと力がある杖だと思うんですが……」


 気弱そうな男が相談に訪れていた。


「拝見しましょう」


 星の杖を受け取り、こっそりとミストルティンを起動する。


(検索、使用者名……)


 事前に聞いていた名前で検索をかけ、杖にアクセスをして中身を確認。


(ああ、ペアレンタルコントロールか……)


 どうやらこの杖は子供のために作られた物らしい。


 危険な攻撃魔法や人体に影響を及ぼしたり、周囲に被害を出すような大きな力を振るえないように制限がかけられていた。


「確認しますが、この杖が持っている魔法は、荷運び用の軽量化・浮遊魔法で間違いないですか?」


「ええ、その通りです! なのですが、バケツ一杯の水を浮かせるのがやっとという有様で……」


 それではわざわざ魔法を使用するより手で持ち運んだ方が早い。


「なるほど」


 念のための確認をしながら手元では既に管理者権限を用いて設定を解除しておいた。


「ではこれをお戻しします。小屋の外に出てみてください」


 ユージンは先導するように席を立ち、外に出る。


「え? あ、その……」


 理解が追いつかない様子だったが、それでも男はユージンに続いた。


「どうなるんでしょ! わくわくしますね!」


「はい、ですが、ユージン様のお仕事でしたら間違いないかと」


 マヤとオリガは、それぞれ好奇心と全幅の信頼をありありと見せながら最後に出てくる。


 夜。


 あいにくと雲がかかっていて、いつに増して暗いが、問題はない。目的は小屋を出てすぐ右手にあったからだ。


「これに、魔法を使ってみてください」


「は――?」


 男は自分の杖とユージンの顔の間で視線を行ったり来たりさせる。


 それもそのはずで、ユージンが指定したのは大人二人が手を伸ばしてようやくぐるりを囲めるような大岩だったからだ。


「いいから、試してご覧なさい」


「は、はぁ……」


 男は半信半疑と言った様子で杖を起動し、画面のアイコンに触れて魔法を使用する。


「えっと……、この覗き窓で……っと」


 荷運び用の魔法を使用すると、スマホで言う「カメラ」が起動する。これで映しながら、対象物に触れるのだ。


「俺の魔法ではこんな大岩……」


 動くはずない、と言いかけた男の目の前で、岩が徐々に浮かび上がったのだ。


「う、動いた……?」


「すごい!」


「これぞ古代魔法ですよ!」


 男は喜色満面で帰っていった。もちろん、ここであったことの口止めをしつつ、少額の喜捨を受けるのも忘れない。


 ただ残念ながら、ここ周辺の魔法に関する噂話は知らないそうだった。


               ◆◆◆


 別の日。


「……ふむ」


 杖を受け取り検索をかける。


 スマホ型ではなく、腕に巻き付ける、腕時計のような形をした杖だった。時計機能は備わっていないし画面も狭いが、両手が自由になるという利点がある。


 ユージンと同じ世界から呼び寄せられた人間を利用して生み出される星の杖は、スマホが多いもののそれ以外の形をしているものもある。


 多くは、被験者の身近な品の形を取るのだ。


 検索は、しかし空振りをした。


 仕方なく効果範囲を狭め、その上で事前に聞いた魔法の方で再度検索をし、端末を割り出した。


 相談された内容は、魔法がまともに起動しないというものだったが、原因はウイルス感染のようである。


 内部に、想定外な動きをする命令が潜り込んでしまっており、まともに動かないのだ。もっとも、この時代、星の杖は基本的に孤立しているので別の杖に次々感染するようなことはない。


(これなら、ウイルス除去をすれば充分か……)


 星の杖自体に組み込まれているウイルス除去機能を起動させながら、念のため、他の問題が起こっていないか確認しつつ作業の進展を見守る。


 シークバーが表示され、しばらくすると作業が終了した。


「これで終了です、モンドさん」


 ユージンが呼びかけると、男は反射的に椅子から腰を浮かすほど驚いたようだった。


「な、なんで!?」


 マヤとオリガは不思議そうにしている。何故かというと、男が最初に名乗った名前は別の物だったからだ。


 最初に検索できなかったのはウイルスのせいではない。


 目の前の男が自分の名前を偽ったからである。


 おそらく、自分の星の杖が動作不良を起こしていたことを誰にも知られたくないと偽名を使ったのだろう。


 教会で授与される際、司祭の力で登録する。その時に使用者の情報が記録されているので、その名前を読み上げたのだ。


「こういうことは信頼が大切です。こちらは他言することはありませんよ」


「は、はい! ももも、申し訳ありません!」


 男は可哀想なほど恐縮して謝罪する。


 よくあることなので一々気にしてはいないが、こういう輩にはちゃんと釘を刺しておかないと、助かったというのに役人に密告したりするのである。


「特に危害を加える気はないですが、あまり軽率なことをしないことです。その気になれば、あなたの杖から魔法を消すこともできますからね」


 ことさら丁寧に告げると、男は椅子から転げ落ちそうになりながら逃げ帰っていった。


「あ! お金! 払わずに逃げた!」


 マヤが追いかけようとするが、ユージンはそれを止める。


「元々、値段を決めているわけじゃない。払う気がなければそれでいいさ」


「ですが、ユージン様はただ働きではありませんか……」


 オリガは気遣わしげにそう言った。


 ユージンも二人も、相変わらず怪しいローブ姿は維持したままだ。


「まぁ、基本的にはみんな払ってくれるからな」


 元ではゼロなので、子供の小遣い程度でも手に入るなら充分だ。


「では、私、もっと人柄のいい方を集めてきます!」


「集めるって、どうやって……」


「たとえば教会で呼びかけてみるとか」


「………正体が結びつくような接触は避けたいんだが」


 特に、助言者の正体がユージンである、と結びつくのがよくない。


 普通の人間が悪意を抱いたとしても対処できるが、さすがに治安維持の兵隊などに目をつけられるとまずい。


「……いくらでも悪用できる技術だ。悪党に目をつけられたらあんたにも危険が及ぶんだから、自分のためにもやめてもらいたい」


「まあ! 私の心配をしてくださったのですか!?」


 当たり前の心配をしただけなのだが、出会いのきっかけになった事件のことをよほど感謝しているのか、オリガは大げさに喜んでいる。


「よくわかってないように思えたから忠告しただけだ。一々大げさに感謝するな」


 しばらく相談者はやってこないようなので、ユージンはフードを取って楽な格好になる。


「ユージン様は、本当に奥ゆかしい」


 オリガもフードを脱ぎながら、相変わらず無条件でユージンを褒め称えはじめた。


「そういうつもりじゃないんだけどな……」


 勝手に大げさに解釈されてしまうようなので、適当なところで切り上げた。


 最初の出会いが刷り込みになっているのか、とにかくオリガはユージンを褒めようとする。不都合があるわけではないが、必要以上に褒められると居心地が悪くなるものだ。


「もっとちゃんとした料金設定をすればいいんじゃないですか? もったいないですよ」


 こちらもフードを脱ぎ去り「ふぅ」と息をつきながらマヤが言う。


「金を稼ぐのが目的じゃない。路銀が手に入ればそれで充分だ」


 そう言い切るユージンに、珍しくオリガは物言いたげだった。


 しばらく逡巡したあと、思い切ったように口を開く。


「ユージン様! 明日、昼間にお時間をいただくことはできますか?」


「お、これは、デートのお誘いですかぁ?」


 マヤがニヤニヤと笑いながら冷やかす。


「デートではないのです! あの、ユージン様に見ていただきたいものがありまして……」


「なんだ? 厄介な問題を抱えた人でも?」


「そうではありません。あの、詳しいお話は控えたいのですが……」


 とにかく時間を作れの一点張りだった。


 まだ付き合いは短いが、素直そうに見えたオリガにしては珍しい。


「……わかった。詳しい話がわからないと、期待に応えられるかどうかはわからないが、とにかく時間は作るよ」


 ユージンがそう言うと、オリガは満面の笑みを浮かべて深々と頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 よくはわからないが、昼間、出歩いて調べられることは粗方調べ終わっている。多少なら時間を作ることも難しくはなかった。


 夜も、こうして相談を受けながら集まる情報も似通ってきた。


 そろそろ潮時だろう。


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