第13話 知られた相手が悪かった、のか?

 人目を避け、正体を隠したまま情報収集と路銀獲得に励んでいたユージン。


 だというのに、これまで足を踏み入れたこともなかった土地で、当然知り合いなどいるはずもない街であるにもかかわらず、自分の特殊技能に異様なほど興味を示す案内人が見ている目の前で、気まぐれで助けた女がいきなり飛び込んできた。


 自分の正体にかかわる人間が二人しかいないはずなのに、その二人が揃って集まってしまったのだ。


(どういう巡り合わせだよ!)


 厄介ごとしか想像できない状況に、ユージンは喚きちらしたくなる自分をどうにか抑えて「謎の助言者」の演技を保っていた。


「何かご用でしょうか?」


 ユージンが冷静に声をかけると、オリガは緊張した面持ちで頷いた。


「は、はい、実は、ここで星の杖の悩みを解決していただけると聞いたのですが……」


「確かに、私はそのような悩みを抱えた方のお役に立ちたく思い、こうしております。……ただお嬢さん、私の勘が正しければ、あなたは星の杖にかかわる悩みをお持ちではない――いや、ごく最近それが解決されたばかりではないのでしょうか?」


「そ、そんなことが分かるのですか!?」


「ええ、星のお導きでしょう。であれば、私がお役に立てることはないではないでしょうか?」


 ちなみにマヤは、ユージンが正体を隠したがっていることには気づいているらしく、芝居がかった口調をするユージンに対して必死で笑いを我慢している気配が伝わってくる。


「他に悩みを抱えた方が訪れるやもしれません。ご用のない方はお引き取りいただけますでしょうか?」


 オリガはユージンの言い分は理解しているらしく、申し訳なさそうにしながらも、立ち去る様子はなかった。


「ご、ご迷惑なのは承知しているのですが、どうしてもお礼を言いたい方がいて、あなたのように星の杖の問題を解決する能力を持っている方なのではないかと思うのです!」


 思った通り、オリガはユージンを探しているようだ。


 数日前に教会前で起こった出来事を説明し、通りすがりの青年を探していると告げた。


 追加の頼み事があるのではと見ていたが、礼を言いたいだけだと聞かされ多少は安心する。


 ユージンをユージンと認識し、その上で異能を持っていると知られると色々面倒だからだ。


「あの、助言者様は、あの方ではないのですか……?」


 おそらく、助言者の噂を聞きつけ、ユージンではないかと思って駆けつけてきたのだろう。


 気持ちだけは受け取っておくとして、やはりここは大人しくお引き取り願おう。


 そう決めた直後――。


「はい、大正解ですっ!」


 元気に言いながら、背後に立っていたマヤがユージンのフードとマントをはぎ取ってしまったのだ。


 急に視界が明るくなって、顔面が涼しくなって、やっと何が起こったか理解したときには遅すぎた。


「まあっ!」


 目を丸くするオリガ。


 反射的に振り返ってみたら、悪意などカケラも含まれない善意100%の笑みを浮かべるマヤの顔。


「お~ま~え~な~~~~っ!」


 腹の底からこみ上げてくる声をどうにかそこで留め、ユージンはオリガに向き直る。


「お嬢さん、黙っていたことは悪いと思うが、俺にも色々事情があってこういう技術を持っていると知られるわけにはいかないんだ」


 ユージンは(どうして俺は、言い訳なんてしているんだろうか)と、若干げんなりしながら椅子に座り直した。


「と、とんでもありません! 私こそ、ご事情があるところに押しかけてしまってすみません」


 オリガは姿勢を正し、深々と頭を下げて謝罪した。


 この分だとユージンを利用してどうこうしようなどという悪巧みをしそうなタイプではないだろう。


「ともかく、俺はこの国の人間じゃない。他の地域にある特殊な技術を持っているだけなんだが、不特定多数の人間に知られてしまうと面倒なことになる。それはわかるね?」


 問うと、オリガは神妙な顔で頷いた。


「とにかく、偶然居合わせただけで、君の運がよかっただけなんだ。俺に感謝する必要もない。むしろ、不要な言いがかりをつけられないように、俺のことは忘れてもらった方がいい」


「ですが、あれほどの恩を受けながら、何のお返しもしないなんて……」


「ですよねぇ、あのままだったら、あの脂ぎった好色そうなオヤジの囲い者でしたもんねぇ」


 マヤが口を挟むと、オリガはそうなった未来を想像してしまったのか顔を青ざめさせて自分の体をかき抱く。


 あまり気にしていなかったが、修道服姿のオリガだが、ゆったりした形にもかかわらずスタイルの良さが隠せてはいなかった。


 特に胸部だが。


 そんな風に自分で自分をかき抱くと、余計に胸の膨らみが強調されてしまう。


「ユージンさん、無碍に追い返したりしたら可哀想ですよ」


「ユ、ユージン様と仰るのですか?」


 また一つ余計な情報を与えてくれるマヤを軽く睨む。


「はい、この方は古代魔法を習得された、ユージン・オーキッドさんなんでフガフガ――」


「余計なことを言いまくるのはこの口かっ!」


 女だからと遠慮していたが、とうとう我慢できなくなり、ユージンはマヤの唇の上下をつまんで無理矢理閉じてやった。


「いふぁいれふ~!」


 痛いですと言いたいらしいが、際限なく面倒を広げられて精神的に痛い思いをしているのはこっちだと言いたい。


「あ、あの、ユージン様! 私でしたら一切他言いたしませんので、そのあたりで……」


 修道女として暴力は見逃せないのか、オリガはおずおずと止めに入る。


 第一印象通り、優しい女性のようだ。


「ほ、ほら、私が見込んだ通り、こちらの女性はとてもすばらしい方ですよ!」


 マヤはユージンの手から逃れ、多少涙をにじませながらそう言った。


「い、いえ、私は、お礼もお伝えできなかったのが心残りで……。あの、本当に何かご恩返しを……」


「いらないよ。気持ちはありがたいけど」


 ユージンが重ねて言うと、オリガはしゅんとして肩を落とす。


 少し可哀想にも思えたが、誰とも関わりを持たない方がいいと、ユージンは身をもって知っていた。


 それがお互いのためなのだ。


「で、ですが、ユージン様のおかげで父は一命を取り留め、私達親子は教会を取り上げられずにすみました。あの授与式は父の方針で貧しい人達にも開放されていたのですが、あのままいけば裕福な方しか星の杖を授けてもらえない事態になっていたかもしれません」


 確かに、マルタンとかいう名前だった男は儀式で金儲けを考えていたようだった。


 ユージンとしては別にこの地域の人間を救おうだなどという思惑などなかった。ただ腹が立ったから手を出しただけで、正真正銘の偶然なのだ。


「大丈夫ですよ、オリガさん!」


 なのにここで、ユージンの気持ちなどまるでお構いなしにマヤがまた口を開く。


「オリガさんには、オリガさんしかできないことがあるんです」


「ほ、本当ですか!?」


 救いを求めるようにマヤを見る。


 その様子はあまりにも自信たっぷりで、ユージンですらその言葉の先を待ってしまうほどだった。


「それは、これです!」


 そう言って素早くオリガの背後に回り込んだマヤは、目にもとまらぬ動きで背後からオリガの豊かな双丘を揉みしだいたのである。


「――な、何をされるのですかっ!」


 慌ててマヤを振り払うオリガ。


 しかしマヤはまるで動じず、にこやかに頷いていた。


「星の杖を直すだなんて奇跡を起こし、好色オヤジの魔手から颯爽と現れ救ってくれたユージンさんに身も心も捧げるためにやってきてくれたんですよ!」


「はあぁぁぁっ!?」


「えぇぇぇっ!?」


 ユージンとオリガの声が重なった。


「清らかに過ごしてきた教会の修道女が、感謝と共に肉の欲を解放する。あとはめくるめく二人の時間! あぁ、燃える展開です!」


「はわわわわ」


 一応何を言われているのかは理解できているようで、オリガは白い肌を耳まで真っ赤に染め上げていった。


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