満月倶楽部の語り話

満月倶楽部

東京、プラトニックな夜

それは、奇妙な夜だった。


夜空の星さえ飲みこむ眩い光で


白い雲と黄色い月とが


くっきりと浮かび上がる


東京のまちで、


二人の処女と童貞が


マッチの灯し火を手に


肩を寄せあっているような


プラトニックな夜だった。





二人は、純粋に文学によってのみ惹かれ合った。


そして、母と胎児が血と尿さえ分かち合うように、


混じり気のない魂をひとつ、ひしと抱いて、結ばれていた。





二人の出会いは、小説の投稿サイトだった。


『プルーン畑でつかまえて 作:中井貴一』


清彦が、半ばふざけて書いた二次創作作品を


文子が、おもしろいとコメントしてくれたのがはじまりだった。





清彦は、小説の専門学校に通っていた。


精神科に通院しながら障碍者の作業所で働いて貯めた工賃と、


両親が自分たちの死後のためにと貯めてくれていた分とを合わせて、


なんとか入学金を支払うことができた。


「俺ももう37歳、これが最後のチャンスやけん」


そう言って、涙を流す母親に別れを告げて、九州の田舎から上京してきた。





文子は、東京に代々続く医家の元に生まれた。


しかし本人は、ピアニストである母親の血を濃くひいたのか、東京大学の文学部へと進むこととなった。





二人が好きな文豪が心中事件を起こしたという小さな池の近くに、


六畳一間のアパートを借りて同棲を始めた。


抑うつ感を訴えて、布団に潜り込みがちだった清彦のために、


文子は、よくミルク粥を煮て食べさせた。


清彦は、台所に立って菜箸を繰っている文子の優しさを思いながら、


彼女に喜んでもらいたい一心で、言葉を綴った。


「僕たち、まるで宮沢賢治と妹のトシのようだね」


清彦が冗談を言うと、文子は口元に白い指を当ててコロコロと笑った。


清彦はその顔に見蕩れながら、東京に初めて来た夜に見上げた「半月にたなびく白い雲」を思い浮かべた。





また、東京の夜が深まっていく。


そして、二人の蜜月は、


さっき通りで見かけた露天商が


「地震の備えにいかがですか」


と売りつけてきた、消えないマッチの灯し火ように、いつまでも続いた。



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