口裂け男の就職活動

百合崎 初刀

プロローグ

みなさんご存知、口裂け女。夜道にバッタリ遭遇したなら、「私、綺麗?」と聞いてくる。質問されたら全ての終わり。否と答えりゃ鋭利な刃物でめった刺し。応と答えりゃマスクを外して、裂けた口元見せてくる。この世のものとは思えぬ化け物。一眼見たならバタンキュー。日本一有名な都市伝説。口裂け女の物語。少年少女は誰もが知っているだろう。


しかし、この都市伝説には続きがある。目尻のきわまで裂けた口を見てなお、それでも綺麗と言い切った男がいた。予想を外れた事態が起きた。口裂け女も呆気に取られる。それでも、さすがは都市伝説の女王。


「これでも綺麗と言えるのか!!」


目一杯に口を開いて金切り声で捲し立てた。男はなおも冷静に、「とても綺麗だ」と言い切った。


さらには、「初対面の女性にこんなこと言うのは恥ずかしいけど、本当に美人です。これが俗に言う一目惚れかもしれません。」


恥ずかしそうに小鼻をポリポリ掻いてた。これには流石の口裂け女もびっくり仰天。みるみるうちに真っ赤な顔に。

「ふざけるな!わたしが綺麗なわけがないだろう!」


自分で言うのは悲しすぎるなと口裂け女は後悔した。


「いいえ、あなたはとても綺麗です。そもそも、綺麗かどうかを聞いてきたのはあなたの方じゃないですか!それにハイと答えただけなのになんであなたがキレてるんですか!」


悪質なことをしている自覚はあったがここまでまっすぐ言われるとなんだかムカつくな。いやいやそんなことはどうでもいい。私の顔が綺麗だと?ふざけた嘘を言うんじゃない。


「普通に考えて口が裂けてる女が綺麗なわけないだろ!お前どうかしてるぞ」


「どうかしてて結構ですけど、私には貴女がとても美しく見えます!美人です!好きです!」


「ハッッッ!?ハァァ?好きなんて適当に言うんじゃねえ!調子が狂った。いつもなら殺すけどもういい。帰る!」


男に背を向け走り去ろうとする。こいつと話すと私までおかしくなりそうだ。


「あの!!!」

「まだなんかあんのか」

「こんどお茶でも行きませんか?」




「これがパパとの馴れ初めよ〜」照れた様子でクネクネしながら話しているのは、我が母、口裂け女である。そう。都市伝説には続きがあった。口裂け女は人間と結婚し、幸せな家庭を築いていた!そして子供を授かり、産まれた息子はなんと、なんと、よりにもよって母親似だった。この物語は、そんな口裂け男として産まれた僕が平穏な日常のために就職活動に勤しむ物語である!

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