第5話
メリョス村にて。
「イサベル。もう休もう。暗くなる」
「うん、そうする」
村の女に呼び掛けられ、イサベルは畑に向けていた視線を上げる。
空は橙色に染まり、太陽は落ちる最中。
村の女はあるものに気が付いた。
「イサベル。その腰に着けてる短剣はなんだい? 琥珀まで付けてえらく豪華じゃないかい」
「フレデリーコ様から借りてるの」
「先日いらっしゃった騎士様かい? 歳は食ってたけどいい男だったねぇ。もしかして惚れたのかい?」
村の女はずけずけと来る。
「そんなんじゃないよ」
「けどわざわざ大事な短剣を渡してきたんだろ? あんたにその気がなくてもあっちには気があるのかもしれないよ。アンタは気立ても良いし、頭だって悪くないんだから」
「そんなんじゃないって。これは『誓い』の証明代わりに借りたの」
「なんだいもう婚姻の誓いを」
「だから違うってば」
ニヤニヤと笑う村の女に半ば怒りながらイサベルは村の井戸へ向かう。
畑仕事を終えた村の男衆も集まっていた。
「……イサベルが昨日の騎士様から求婚されたんだと」
「「「なッ!?」」」
村の女がぽつりと呟いた言葉に、水を飲んで談笑していた男衆の視線がイサベルに集中する。
「違います」
いい加減腹が立ってきたイサベル、そっぽを向いて拗ねた。
「いやまぁ確かにあの騎士様なら……なぁ?」
「ああそうだ。王様に噛みつけるくらい権力持ってる騎士様だ。良い暮らしができるぞ!」
「ただ歳食いすぎてるからなぁ……子供出来るか?」
口々に好き勝手に言い出す男衆達。
イサベルもいい加減怒りが湧いてきたが……
「私の話か?」
「うおッ!?」
「ひぃッ!」
いつの間にやらフェーデは供も連れずに現れ、青い瞳でまっすぐにイサベル達をみていた。
「なんでもありませんよ。フレデリーコ様」
「フェーデでいい。私はそれほど偉くはないから」
「そうは参りません。フレデリーコ様」
何故か昨日よりも刺のある言い方をしてくるイサベル。
──怒っている……のか?
意味が分からない、自分は何かしたのか?
「ま、まぁそれは良しとして……イサベル。少し話がしたいんだ。一緒に来てくれないか?」
「え?」
フェーデが発した言葉に、村人は色めき立った。
フェーデの後ろを付いていくイサベル。
そして着いた場所は畑の真ん中。
周囲に人は見えず、薪を取られて禿げかかった木が2.3本と足元には自分達の食糧であるビーツの葉が風に揺れていた。
「まずこれを渡しておくよ。時がくるまで大事に保管しておいてほしい」
「何ですかこれは?」
どこか寂しげな笑みを浮かべているフェーデが懐から出してきたのは革紐で丸められた羊皮紙の束。
「私の書いた手紙だ。いざとなったらこれを持って北東の国モンテリューに村の皆を連れていってほしい。これを見せれば大公様も悪いようにはしないはずだ」
どうやら中身は通行手形の類と書状のようだ。
「どういう……」
「失敗した時の為に……ね」
そこでイサベルははっとした。
「フレデリーコ様。貴方は私の父の仇を討ち、そしてこの国を救済するとそう誓ったではありませんか。騎士の誓いとは簡単に破っても良い物なのですか?」
「いや……だがもしもということが」
「私は貴方を信じます。貴方も私が信じる貴方を信じてください」
真っすぐにフェーデを見据える緑の瞳。
その瞳を見たフェーデはそのまま何も言えなくなってしまった。
「必ず成し遂げ、そして帰ってきてください。互いに交わした誓いを果たすために」
「……そうだな。すまない、つい弱気になってしまった」
渡そうとしていた羊皮紙を引っ込め伏目がちになりながら微笑を浮べるフェーデ。
「申し訳ありません。私のようなものが上から物を……」
「構わない。だが随分と肝が据わっている。今後が楽しみだよ」
「ご冗談を」
畑の真ん中で2人は笑い合う。
空を眺めるといつの間にか日は落ちて空には星が見え始めていた。
「もう夜か……ところで彼らは一体何を色めき立っているんだ?」
「え?」
イサベルの後ろを指さす。
するとそこには何やら一塊になった村人たちが2人をみている。
「……皆勘違いしているんです。その……私とフレデリーコ様が婚姻の誓いをしたと」
「ほ、ほう……」
なるほど確かに勘違いも甚だしい。
「なんというか、その……逞しいな。昨日村を襲撃されたばかりだというのに」
「心だけなら、私たちは最強です」
「ま、まあいい。私としても君のような美しい女性ならばそう勘違いされても悪い気はしない」
「え?」
意外そうな表情のイサベル。
「君はそうではない……か。礼を失した。忘れてくれ」
そう言い残すとフェーデはイサベルを残して村を去って行く。
「フレデリーコ様……」
聞こえるか聞こえないか、イサベルはそうこぼしたあと両手を組んで祈りを捧げた。
「フェーデ様、振られたのですね」
馬を置いてある場所まで行くと、そこには馬を撫でまわして待っているベニートがいた。
「見ていたのか」
「この青い双眸でしかと」
自分の目を指さすベニートは実に楽しそうだ。
「確かに彼女は魅力的だが、違うぞ」
「はっはっは、また使い古された言い訳ですなぁ。気にすることもありますまい。騎士たるもの女性の1人でも口説けなければ。私など隣の村のアドリアナ嬢と今良い仲なのですよ」
「そうですか……うん?」
馬に乗る2人、そこでフェーデはあることに気が付いた。
「……隣の村のアドリアナ。確か既に夫もいる既婚者では?」
「はっはっはっはっは!」
「待てベニート! 貴様騎士であるにも関わらず不倫などと、待て!!」
星が煌めく夜空の下、2頭の馬が駆けた。
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