第3話

フェーデがまず最初に行ったのは、『話し合い』だ。


 サロモンを許せないのは変わらないが、流血で解決するのは最後の手段。


 まずは言葉で正す、とは思っているが正直なところ冷静でいられる自信は今のフェーデにはない。


 だが腐ってもそこは元教え子、正せるのならば正したいとそう考えての行動だった。


「貴様……殺されたいのか? なぜここに貴様がいる?」


 さてフェーデは王であるサロモンと話をするために翌日の昼にメリョス村の近くにある城、トレア城へと乗り込んだ。


 ここまでは良かったものの問題が発生した。


 通された豪華な調度品が飾ってある城の客間に現れたのは王であるサロモンではなくダニエルだったのだ。


 彼は青い瞳を細め、金色の髪を弄りつつ今も嫌悪も露わにしてフェーデを睨みつけている。


「見ての通りだダニエル。お前はお呼びではない。サロモンを出せ。話をしに来た」


「サロモン王が貴様のような一介の騎士如きにお会いになるはずがなかろう。大人しく帰れ。特別に見逃してやる」


 ダニエルはまるで埃でも払うかのように手を振ってきた。


「村の人間を殺した下衆にしては優しいじゃないかダニエル」


「勘違いするな。王の城を貴様のような下郎の血で穢したくないだけだ」


「下郎? ああ貴様のことかダニエル。私が貴様に剣で後れをとることはありえないからな」


 お互い腰の剣に手をかける。


「やる気かダニエル? やめておけ自分の首の断面など拝みたくもないだろう?」


「糞ジジイが」


「吠えておけ馬面」


 次の瞬間には血しぶきが真っ白な壁一面に塗りたくられるだろう。


 そう思っていた時だった、部屋の入り口から穏やかな低い声が聞こえてきた。


「2人とも仲がいいのは大変喜ばしいことだが……俺はどうすればいい?」


 いつの間に入ってきたのか。


 白い絹の服を着たサロモンが暇そうに壁に背中を預けながら語りかけてきた。


「サロモン……」


「やぁ『先生』昨日ぶりだ。ちょうど昼食の途中でな。一緒に食事しながら話そうじゃないか。ダニエル、お前は下がれ」


 そうにこやかに話すサロモンはとても暴君とは思えない子供のような無邪気さ、悪意など欠片も感じられない。


「……いいだろう」


「こっちだ。さぁ早く、食事が冷めてしまう」






 案内された部屋は窓に布がかけられ、光を放つのは松明の炎だけという状態であった。


「まあ座れ。客を招くことも滅多にないから会話に飢えている。俺を楽しませてくれ『先生』」


 そう言ってサロモンは金の装飾が付いた椅子に乱暴に座る、続いてフェーデも用意された椅子に座った。


 彼の目の前には子豚の丸焼き、詰め物をしたウズラ、色とりどりの果物、白いパンといった豪華な食事が並んでいる。


 そして周りには護衛代わりのダニエルと複数人の貴族達。


「……これだけの食事を摂る為に一体どれだけの民が涙と血を流したか、お前は知っているのか?」


「さぁ知らんな愚民共の苦労など」


「外はこんなに明るいのに松明など不要だろう?」


「日焼けしたくないからな」


 民のことなど知ったことではないと言いたげな態度に、フェーデは激高した。


「昔のお前は一体どこに行ったんだ!? 私の教えた騎士道は!? なぜここまで歪んでしまった? なにがここまでお前をこうさせる!?」


「落ち着けよ。老いた身にその怒気は身体にさわるぞ」


 今にも切りかかりかねないフェーデを制すサロモン。


「お前、これが何かわかるか?」


 そう言ってサロモンが指さしたのは丸焼きにされた子豚。


 馬鹿にしている、フェーデはそう感じた。


「話を逸らすな!」


「いいから答えてみろ、これは何だ?」


「……豚だ」


 完全にサロモンに飲まれている。


「そうだ。愚かで、醜く、汚い生き物だ。民というのはこれに似ている」


「なんだと?」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら話を続けるサロモンに耳を傾ける。


「いつまでたっても何も学ばない愚かさといい、土と泥にまみれ汚い服に身を包む姿といいそっくりだ。育てれば肉という利益をもたらすところもな」


「貴様……」


「最初のうちはその愚かさ諸々含めて愛でたりもしたが、いい加減飽きてきた。だから戯れにつついてみるのさ。なかなかどうしてこれが面白い」


 子豚の頭にナイフを突き立て、それをそのまま口に運ぶサロモン。


 フェーデの目の前にいるサロモンは紛れもない暴君だ。


 視界に入れることすらおぞましいくらいの。


「考えを改めるつもりはないのかサロモン? このままでは大規模な反乱が起きるぞ。そうなればお前の身とて危うい」


「大規模な反乱か。ハッ、そんなものを恐れるようでは暴君など勤まらん。俺の凶行を止めたいならばもっとマシな言葉をかけるのだな」


「どうあっても止まるつもりはないのか? このままでは国の存続すら危ういぞ」


 フェーデの言葉を鼻で笑いながらサロモンは続ける。


「国も愚民もどうでも良い。なんならフェーデ、お前も加わるか? 元々は俺の教師だ。士爵など捨ててそれなりの位をくれてやっても構わんぞ」


「貴様の蛮行を後押しする趣味はない」


 そうか、サロモンは冷めた声でそう言った。


「もう少し話をしてみても良かったが去れ。今日のみ見逃してやる、次にまみえる時はお前を殺す時だ」


 パンを口にしながら、今度は視線すら合わせることもない。


 サロモンの興味から、フェーデは外れてしまったのだ。


「さらばだサロモン。もう言葉は意味を成さん」


「去ね」


 席を立ったフェーデ。


 だが部屋の出入り口をダニエルがふさいだ。


「生きて帰れると思ったのか? お前は今ここで殺してやる」


 ダニエルの手には鈍く輝く長剣が握られていた。

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