第2話

サロモンが馬に乗って帰った後、フェーデは村に残り村人達の後始末の手伝いをしていた。


 火の付いた建物の消火、怪我人の手当て、死者の埋葬……


 やることは沢山ある。


「お父さん……」


 村全体に悲壮感漂う中でたった1人、父親と思われる死体を抱き起しながら静かに涙を流す娘が居た。


 ダニエルに訴えかけたあの娘だ。


「すまない。もっと早く気が付いていればこんなことには……」


 フェーデは娘の肩に手を置きながらそう呟いた。


 結局の所、フェーデは村人を誰一人救えなかった。


「貴方は何も悪くありません。ありがとうございました。助けて下さって」


 涙を拭きながら伏し目がちに立ち上がったその娘。


 一目見たフェーデは不謹慎なのは間違いないと承知の上でその娘を美しいと思った。


 小麦色の肌、緑柱石の如く輝く緑の瞳、肩まで伸びる栗色の髪、そして整った顔立ち。


 男なら誰もが引き寄せられるだろう。


 だがそんな麗しい娘も今は悲しみに暮れている。


「私はフレデリーコ、フェーデでいい。君は?」


「イサベルです。それでは……」


 最後まで目も合わせないままイサベルと名乗る娘は去って行った。


 フェーデは引き留めようかとも思ったが、かける言葉を思いつかずそのまま立ち尽くすことになる。


「……たった1人、娘1人も救えないのか。私は」


 何か道具を取りに行ったのだろう、建物の中へと姿を消していくイサベルを見送りながらフェーデは残された彼女の父親を運ぶ。


「神よ、この者の魂に救いを」


 祈りを捧げた。






 犠牲になったメリョス村の人間は5名、いずれも男だ。


 だが100名程度しかいないこの村において働き手が減るのはかなりの打撃である。


「ありがとうございます。騎士様、あの子の命を救っていただいたばかりか埋葬まで……」


 村の女がフェーデに話しかけてきた。


「構わないよ。私は私の信じる正義に基づいて動いただけだから」


 そう話ながらフェーデは周囲に視線を泳がせた。


 そしてあることに気が付いた。


 ──あの子が居ない?父親の埋葬が終わるっていうのに一体どこに行ったんだ?


「あの子は一体どこに……」


「イサベルなら納屋に居たはずです。父親を放って一体何してるんだか……」


 村の女の言葉に、嫌な予感が頭をよぎる。


「納屋は何処に?」


「あの建物の裏です」






 村の女に言われた場所に行くと、確かにそこに納屋があった。


 曰く村で共有している農機具の類を入れているらしいが……


「イサベル……それは……」


「騎士様でしたか。これは草刈りに使う大鎌ですよ」


 暗いそこに、確かにイサベルは居た。


 大きな鎌を背中に担いでまるで死神のような佇まいで。


「草刈りの為の物を何に使うつもりなんだい? それに今は君の父親の葬儀中だよ。君は出席しないといけない」


「必ず出席します。あの暴君の首を持って」


 月明かりが差し込む納屋、イサベルの見開いた緑の瞳が殺気を帯びて妖しく光る。


「残念だが君では不可能だ。それは置きなさい」


「父親を殺されて黙っていられますかッ!!」


 イサベルが吠えた。


「散々重税を課して、食べ物を奪って、尊厳を奪って、挙句命まで奪われて、それでも耐えろと言うのですか!?」


「君がサロモンに挑んだところで、ただ殺されるだけだ。それもサロモンを一目すら拝むことなく、適当な雑魚に殺される。一矢報いることも叶わずに」


 どこまでも辛辣に、真っすぐに言葉を投げつけるフェーデ。


 だがこれは事実である、仮にも相手は一国の王、警備は厳重だし、加えてサロモン自身も腕が立つ。


「それでも行きます! 父を殺したあいつらに目に物見せてやる!!」


 激しい怒りを吐露するイサベル。


 気持ちは分るが無駄死にをさせるのは絶対に避けなければならないとフェーデは考えている。


 ならば選ぶべき道は1つ……フェーデは腰の短剣を抜き放った。


「ッ!? わ、私を殺すおつもりですか? 貴方も結局は王様が大事なんですか?」


 ──耳が痛い。


「これを君に渡しておく。だからこの件は私に任せてほしい」


「え?」


 柄頭に琥珀を埋め込んだ短剣、フェーデはそれを鞘に収めるとイサベルに渡した。


「それは私が騎士として誓いを立てた時持っていたものだ。君のお父上の仇を討ち必ずやこの国を救済してみせる」


「信じて……良いのですか?」


 涙を溢れさせるイサベルをフェーデは優しく抱きしめた。


「その剣に誓う。だから私を信じてほしい。そして君も誓ってくれ。絶対にこの剣を抜かないでほしい。君の手を血で穢さないでくれ」


「誓います。だからどうか私の父を、そしてこの国を救ってください」


 月明かりが2人を照らし出す。


 イサベルの瞳は未だ涙に濡れているものの先ほどよりは穏やかな表情をしていた。


 ──彼女の為にも、国の為にも、もうこのままでは放っておけない。


 決意を胸に、フェーデは拳を握りしめた。

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