12 鳳凰暦2009年4月9日木曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校体育館(2) H
剛力くんと北見さんの視線の先に立つ財前くんは、午前中の自己紹介で見た時のような、穏やかな印象のままだ。
財前くんを見る限り、模擬戦をするということに対して特に疑問はないようだ。だとすると北見さんの不安そうな表情は、どういうことだろうか。
「まあ、僕との勝負がご希望みたいだから、ちょっと準備するね。昼休みも終わりそうだし」
これから模擬戦になるというのに、まるでそのへんを散歩するみたいに財前くんはそう言った。そして、座って面をちゃんとつける。そこは陵くんとは違うらしい。
「……へえ。自分をわきまえてんだな、おまえ」
財前くんが面をつける姿をにやにやと見下ろしながら、剛力くんがそう言った。
「面をつけたらすぐでいいよね? 合図は鳴くん? あ、僕は弱いから、遠慮なく剛力くんの頭も狙わせてもらうよ?」
「おぅ。遠慮はいらねぇ。かかってこいや」
「財前……本当に頼むぞ……?」
下神納木くんの様子も、さっきまでの陵くんの模擬戦と違って、どこか真剣さが増した気がする。軽く腰を落として、すぐに動けるような体勢で戦うふたりを確認しているような……それは審判の姿勢なのかしら?
「……両者、構えて。はじめ!」
「おらあっ!」
さっきの陵くんとの模擬戦と同じように、かなりの速さで剛力くんが財前くんへと詰め寄って、竹刀を振り下ろす。
財前くんはその竹刀に合わせるように受けて……いえ。受けつつ、そのまま流して、さらに押さえ込んだの? 剛力くんの竹刀は体育館の床まで……。
そうやって押さえ込んだ竹刀を足で踏みつつ、財前くんは剛力くんの小手を打った。一度、面へのフェイントを入れて。
頭に来ると身構えた剛力くんは予想外の小手に対応できない。もちろん、防具はつけていない。そうだった。これはそもそも、模擬戦であって剣道ではないのだ。
「ぐおっ」
……さっきの「頭を狙わせてもらう」という一言が、フェイントの効果を上げている気がする。まさか、財前くんはそこまで狙っていたというの?
そのまま竹刀を手放してしまった剛力くんに、財前くんはその右肩へと竹刀を振り下ろし、さらには左肩も強く打ちすえた。
ただ、肩を打ちすえても頭を狙わなかったのは、手加減、ということだろうと思う。肩には手加減していないみたいだけれど……。
「財前の勝ちだ!」
そう下神納木くんは叫んだのだけれど、財前くんはさらに右の脇腹へと打ち込み、そこで一歩下がった剛力くんの右足が床につく前に、その膝裏をかかとで刈りあげて柔道の技のように剛力くんを倒すと、下がりながらむこうずねを狙って、右、左、と鋭く打ち込んだ。
「いってぇっ……」
「やめろ、財前! おまえの勝ちだから!」
「モンスターはきっちりとトドメを刺さないと危ないよ、鳴くん?」
下神納木くんが間に割って入って、抱きしめるようにして財前くんを止めている。そこでようやく、財前くんが力を抜いた。
「そいつはモンスターじゃないだろ!」
「財前んんーっっ! アンタ、いっつもやりすぎんなって言われてんでしょーがっ! この狂犬!」
下神納木くんと抱き合うようになった財前くんの後ろから、その後頭部を北見さんがスパーンといい音を立てて張り倒した。
「……いたた。北見さん、暴力反対」
「アンタがゆーなっ!」
……確かに、その通りだと思う。あれだけ竹刀で打ちのめした財前くんには言われたくないだろう。
「まあ、でも、話が通じないんだから、この人って、ある意味ではモンスターみたいなものだよね?」
「それは、まあ、そういう部分がなかったとは言わないけども! ああもう! そこの推薦男子どもっ! とっととそいつを保健室に運びなさーいっ!」
そんな北見さんの叫びを気にすることもなく、財前くんは剛力くんへと近づいた。
「僕が附中ダン科の7席だから、僕より強いのがこのクラスにはあと6人はいると考えてほしいんだよね? 分かってもらえたかな?」
私には、おびえた剛力くんがその言葉に何度もうなずいている姿と、そう言って微笑んでいる財前くんの姿が、うまく理解できなかった。あまりにもギャップが大きい……。
「……財前くんって、あんな人だったんだ……」
私の隣で、立川さんがドン引きしていた。
そういえば、昨日は財前くんとパーティーを組みたかったとか、言っていたような気がする。合唱団で一緒だったから、と。今でもそう思うのだろうか?
……でも、分かるわ。財前くんは温厚そうな人だと私も思っていたし。
ドン引きしているのは、私や立川さんを含む転科の人たちだけでなく、一般の人たちも同じだ。
附中のダン科の人たちはただ苦笑している。出身中学が同じだから財前くんがどんな人なのか、知っていたのだろう。
あれを見たあとだと、さっきの陵くんの模擬戦は優しく手加減していたとしか思えない。優しく、というのは変だけれど。
北見さんに言われて、推薦の男子たちが剛力くんに肩を貸して運び出していき、昼休みの模擬戦は終了した。
「ああ、時間がなくなったから、放課後、また、あのミーティングルームに集まってくれよな。まだ、いろいろと説明が足りてないんだ、実は」
陵くんはそう言うと、下神納木くんたちと竹刀や面を片付けに行ってしまった。
さっきまでの模擬戦など、まるでなかったかのように。
……模擬戦だと納得しての勝負だったけれど、そうじゃなかったとしたら暴力事件と思われてもおかしくないような状態だったのでは?
私はもちろん、私以外の外部生も、これからの学校生活に不安を感じる模擬戦だったと思う。
私、彼とペアを組んで、本当に大丈夫なのかしら? ますます不安を感じるようになったのだけれど……?
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