12 鳳凰暦2009年4月9日木曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校体育館(1) H



 ミーティングルームから移動して、靴もはき替えた上で体育館に集まった1年1組の生徒たちは、残り時間が限られている昼休みで、模擬戦を行う人たちの見学をすることになった。私――宝蔵院麗子も、もちろん、模擬戦の見学をする。


 体育館の使用許可は北見さんが職員室へ行って取ってきた。並行して、体育館の倉庫から、竹刀と面を下神納木くんと財前くんが運んでくる。


 附中ダン科の出身者はいろいろと手慣れている。

 附中ダン科と附属高のダン科の校舎が併設されているというだけでなく、校地内に体育館はひとつしかないのだから、中高で共用していたのだろう。


 下神納木くんに竹刀と面を渡された推薦の剛力くんは、財前くんから陵くんが竹刀だけを受け取り、面を手に取らなかったので、それを見て口を開いた。


「なんだ、防具はつけねぇのかよ?」

「ああ、俺は問題ない。そっちは安全のためにつけてくれよ」


「はぁ? てめーがつけねーのに俺がつけられるかよ?」

「いや、ケガすんぞ、マジで? 頭は守れよ?」


「は? 俺がおまえにイモ引くワケねぇだろ?」

「……ま、いっか。頭は狙わないってくらいでちょうどいいハンデだろ」


「ああん?」

「すごんでねぇで構えとけよ。時間ないんだから」


 ……防具なしでとか、本当に大丈夫なのかしら? 竹刀で死ぬことだってあるというのに。この人たち、剣道を馬鹿にしているの?


 客観的に見れば、これは冷静な陵くんと、顔を真っ赤にして怒りを抑えきれない剛力くんの勝負だ。精神的に、戦う前から勝負はついている気がする。


「はじめ!」


「おらあっ!」


 下神納木くんの合図で、竹刀を振りかぶった剛力くんが陵くんへと詰め寄り、竹刀を振り下ろす。

 剛力くんは剣道っぽく両手で竹刀を握っているが、陵くんは右手だけ、片手で握っている。


 バンっという音がしたと思ったら、剛力くんの竹刀が左へと大きく打ち払われて、その反動で戻った竹刀を陵くんはそのまま剛力くんの右の脇腹へと鋭く打ち込んだ。切っ先が剛力くんの脇腹へと刺さるように打ち込まれた。


 勝負は一瞬で決まった。


「ぐあっ……」

「陵の勝ちだ」


 痛みにうめく剛力くんを見ながら、下神納木くんが陵くんの勝ちを宣言した。


「鳴、どんどん次を出してくれ。時間がもったいねぇ」


「分かった。じゃあ、次は渡辺だな。準備を急いでくれ。陵が手加減をするから、面はあってもなくてもいい」


「お、おう……」


 ……驚いた。


 私だけでなく、外部生と呼ばれる、一般、転科、推薦の人たちはみんな驚いていた。勝てないにしても、もっといい勝負になると考えていたのだ。


 実際、剛力くんは自分から身体能力で選ばれたと豪語するだけあって、かなりの速さで動いていたと思う。

 陵くんはそれを半歩下がりつつ受けると、今度は半歩進みつつ打ち倒した。本当に一瞬の出来事だったのだ。


 しかも、両手で振り下ろしてきた竹刀を片手だけで打ち払うなんて……いったいどれだけ腕力に差があるの……。


 そこから、5分もかからずに、推薦の男子4人は陵くんに打ち込まれて負けた。一番自信があった剛力くんがあの様子だったのだから、この結果は当然だと言えた。


 ……二宮さんが自信満々にああ言ったのも、北見さんが推薦の男子たちを心配そうに見ていたのも、今なら分かる。


 陵くんが本当に強いからだったのだ。


「……びっくりしちゃった。モテおくんって、こんなに強いんだね」


 私の隣でささやくように、立川さんがそう言った。


「そうね……」


 私たちと同じような会話は、他のみんなも小声で話している。


 陵くんは剛力くんと違って口だけではなく、首席としての強さもあるらしい。この人が……私とペアを組んで……私を最高のダンジョンアタッカーに……?


「いや、ちょっと待てよ……」


 そこで、最初に負けた剛力くんが不満そうな声を出した。


「陵。代表のてめーが強いのはわかった。だけどよ、おれと組むのはそこのひょろっちいヤツだろ? てめーに負けたからって、それじゃ納得できねぇよ」


 剛力くんはそう言いながら、財前くんをまっすぐ指差している。とても失礼な態度だと思う。


「そうか? なら、博。こいつ、相手、してやれよ」


「ダメよ⁉ 何言ってんの、陵⁉ 財前、アンタも⁉」


 ものすごく慌てた声で、北見さんが陵くんの提案を止めた。


「……うん。財前くんが怪我したら嫌だもんね。北見さんも止めるよね」

「そう、ね……」


 ……でも、北見さんのあの必死さは、何か、立川さんが考えているものとは違うような気がするのだけれど。


 ああ、そういえば、昨日、立川さんは合唱団で財前くんと一緒だったと言っていた気がする。その頃からよく話すような関係だったのかもしれない。


「北見うるせー。話し合いで分っかんねぇヤツだっているんだって。それに、ここで相手しなかったら、あれとパーティー組む博がこのあと苦労すんだろが」


「それは……そうなんだけど……」


 陵くんにそう言われた北見さんが困ったように考え込んだ。模擬戦をさせたくないけれど、させるしかない、という感じだろうか。





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