11 鳳凰暦2009年4月9日木曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所2階第1ミーティングルーム H



 ミーティングルームの前方、ホワイトボードの前に立つ彼が、次々と相手に言い返していく姿を見ながら、私――宝蔵院麗子は、自分も疑問を投げかけなければならない、と、そう考えていた。


「まだ、なんか、あるか?」


 誰も、何も言わなくなった。


 昨日の寮で、影響力の強い北見さんが基本的には賛成、というスタンスを表明した後、女子は特に不満を口にしていなかったのだから、男子の中の不満がある人たちが言い終えたら、話は終わりだ。


 私は勇気を振り絞ってゆっくりと手を挙げた。


 彼――陵くんは手を挙げた私を見た。


「……宝蔵院麗子さん、何か?」


 私の名前を把握していることに少しだけ驚いた。

 でも、よく考えてみると、自己紹介はクラスでやっているし、彼にしてみればペアを組む予定の相手だ。名前くらい把握していてもおかしくない。


 ……でも、どうしてフルネームなのかしら?


 口調は……さっきまでの男子とのやりとりよりは柔らかい。そこは、私が女子だからなのか、それとも私がまだ何も言っていないということもあるのかもしれない。


 たとえ、あの勢いで反論されるのだとしても、言うべきことは言っておかなければ、これは私に関することなのだから。


「……昨日、寮の歓迎会で先輩方と話して……4人組のパーティー分けが基本となる中で、3人組のトリオはともかく、2人組のペアというのはありえない、という風に言われたのだけれど……そのへんは、どう考えているのか、聞きたくて」


「あー、まあ、その部分については……」


 陵くんは少しだけ考え込むように口のあたりに手を動かした。


「……実は昨日、男子寮の歓迎会のあとで、先生たちに呼び出された。その時に、今、言われたような部分で先生たちからいろいろと言われた」


 ……寮で先輩たちが言っていたことは当たっていたらしい。


 ミーティングルームの中がざわっと騒がしくなる。


「なんだ、先生に否定されてんじゃねーか」

「やっぱりおまえが決めるってのが、よくないんだろ。このパーティー分けはなしだな」


 推薦の剛力くんと、感情論ではあるけれど、陵くんにずっと反対している赤阪くんが即座に声を上げた。


 それを受けて陵くんは左手をぐいっと右前方に伸ばして、そのまま大きく手を広げると、右から左へとゆっくり動かしていった。自然と、その手の動きに合わせてミーティングルームが静かになっていく。


 そうやって全体が静かになったところで、陵くんは口を開いた。


「……まあ、先生たちには、最終的に、やってみろって言われたから、そこは問題ない」


「え……?」


 ……先生たちは陵くんのやり方を認めた? 先輩たちはたぶん潰される、というように言っていたけれど?


「どういうこと、陵? ちゃんと説明しなさいよ?」


 私ではなく、今度は北見さんが口をはさんだ。


「……確かに、ペア……2人組の部分については、いろいろと言った先生がいた。まあ、パーティー編成が4人組なのは、そもそもダンジョンのボス部屋に入れる最大人数でダンジョンアタックするためだ。それは午前中のガイダンスでも説明があっただろ? それと、初心者用とされているダンジョンはエンカウントするモンスターが最大3体というのも、ある。結果として、3人組は数的有利ではないが、同数での戦闘になるから、4人組とそこまでの差はない。それがペアとなったら、数的不利が前提になるから、自分からペアに入ると申し出た俺は自業自得なんだからともかくとして、その俺と組む相手になる外部生は大きく不利になるって言われたのは間違いない」


「それなのになんで先生たちは認めたのよ? 大事なのはそこでしょ? アンタは自業自得なんだから」


「……別に、大したことじゃない。俺と組む外部生には、俺が附中のダン科で学んだ全てを伝えて最高のダンジョンアタッカーに育成するから不利になるはずがないって言ったら、そこまで言うのなら思う通りにやってみろって言われただけだからな」


 再び、ざわりとミーティングルームが騒がしくなった。


「陵おまえは、また、そういう漢気を……」

「陵くん、よくそんなことを先生たちに言えたね……めちゃくちゃだよ……」


 ……あの二人は、下神納木くんと、財前くんだったかしら。


 ペアは不利……だけれど、自分が最高のダンジョンアタッカーに育成するから不利にはならない、って、その育成を受けるのは私、なの……? ええ? 自信家にもほどがあると思うのだけれど……。


「俺は今回のパーティー分けで、みんなから自由を奪う代わりに、一番公平な分け方を選んだつもりだ。その点に関しては学級代表として間違っていないと思ってる。だが、その上で、確かに、俺とペアを組む宝蔵院さんが不利な位置にいるという見方はできると思う。だからこそ俺は、その部分で全力を尽くすと約束する。もし、俺が考えた以上の公平なパーティー分けが提案できるんなら、やってみてくれ。それをみんなで検討しよう。ああ、推薦の男子については、この後の模擬戦できっちり理解してもらうから心配いらない」


「や、それが一番心配なんだけど……?」


 北見さんが心配そうな視線を陵くんではなく、推薦の男子たちの方へと向けた。


「宝蔵院さんは、寮で先輩たちからいろいろと聞いて、不安があるかもしれない。だが、さっき言った通り、俺は全力を尽くすことをここで約束するし、必ず最高のダンジョンアタッカーに育成する。どうか、俺とのペアを認めてほしい」


 そう言った陵くんは私に向かって大きく頭を下げた。


「いえ、私は、その……」


 何と答えればいいのか、分からない。


 ただ、陵くんの真剣さは十分に伝わってきた。


「アンタねぇ……」


 そこで私を振り返ってにらんできたのは二宮さんだ。


「……あの陵がここまで言ってんの。その気持ちを感じなさいよ? あーしは陵に代わってもらった立場だから、あんま、えらそーなことは言えないけどさ」


 そして、二宮さんはそのまま私のさらに後ろ、推薦の男子たちに視線を移した。


「ま、陵がどんだけのモンか、あいつらが見せてくれんでしょ。陵ぃーっ、訓練場は工事中だかんね、体育館でしょ? ここにいるみんなで模擬戦、見ればいいじゃん! そーしよ! それ見れば、外部のコたちもみんな納得するってば! 絶対!」


 そう言った二宮さんは立ち上がると、そのままミーティングルームを出るように動き出したのだった。





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