9 鳳凰暦2009年4月9日木曜日午前 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組 H



「ダンジョンアタックは命がけになる。まあ、君たちがもっとも気を付ける部分は『戦闘の制限回数』になるかな。5回戦ったら、戻る。これを必ず守るように」


 ……1日のアタックで5回の戦闘、ということだろうか。


 授業という名のガイダンスで、私――宝蔵院麗子はそんなことを考えていた。教壇に立っているのは担任の石川先生だ。


「いしかーセンセ、それじゃ、魔石は5個ってことか?」

「確か最初は1個100円って話だったろ? 500円だと月末の支払いが無理だよな? 確か、その場合は退学になるんだろ?」


 窓際の男子が石川先生に質問している。寮の歓迎会で先輩たちに教えてもらったけれど、あのあたりは推薦の生徒の席らしい。


「ああ、まず、この5回は、一人あたり5回、ということになる。だから4人パーティーなら20回ということになるな。それで、一人あたり5個の魔石で、1層なら1個100円の5個で確かに500円だ。だが、それを10日間続ければ、5000円だ。基本的に月末の支払いは寮費5000円と生徒会費1000円の合計6000円だから、12日間でクリアできる。この学校は、言われたことをきっちりとこなせば卒業できるようになってるんだ」


 ……2人のペアなら、10回ということだろうか。


 今日の昼休みに、ギルド? の2階にあるミーティングルームで、パーティー分けについて改めて説明すると、代表の彼が朝、連絡していたけれど? その時にはくわしい説明があると思いたい。


「おー、そーゆーことかー」

「でもさー、1日5回って逆にメンドいよな?」


「……そう言って、そう考えて、実際に『戦闘の制限回数』を守らなかった生徒が、以前、いたらしいぞ。直接教えた生徒じゃないが……確か、推薦で入学した生徒だったって聞いたな」


「なんだ、いるんじゃねーか」

「よし、じゃあ、オレも……」


「残念ながら!」


 石川先生はその部分だけ、声を大きく張り上げた。推薦の男子たちが静かになる。


「……その推薦の生徒は退学して、ダンジョンアタッカーにはなれなかった」


「うえっ? ……あの、いしかーセンセ、それは、ルール違反で退学ってことっスか?」


「いや、そうじゃない。『戦闘の制限回数』を守らずにスタミナ切れを起こして、身動きがとれない状態で、ゴブリンに殺されそうになったことが原因だ。他の生徒の奮闘で救助されて命は助かったんだが、ゴブリンにナイフで目を突き刺されてしまったらしくて……それで夏休みぐらいまでなんとか耐えたみたいだが……恐怖心を克服できずに自主退学したと聞いたな……」


「目を……」

「怖い……」


 推薦の男子ではなく、廊下側の座席……一般入学の女子生徒の方から、そういう言葉が聞こえてきた。声は出ていないが、窓際の推薦の男子の雰囲気も変化した。


「まあ、これは、生き残ったから、そういう状態だったという話が残っているだけで、もちろん治療も行われて、失明はしていないと聞いている。ただ、この話以外にも、似たような状態で『戦闘の制限回数』を甘くみていた生徒たちが、ダンジョンから戻らなかったという話もある」


「え、それって……」

「つまり、死んだってことか……?」


「……ダンジョンの中のことは、君たちも知っていると思うが、記録が残らないから、はっきりとは分からん……でもまあ、そういうことだろうな」


 石川先生がそう言うと、窓際の推薦の男子たちが静かになった。


「とにかく、『スタミナ切れ』というのは、そういう危険がある。だから『戦闘の制限回数』を守るのは基本だ。死んだらどうしようもないからな。ただし、それを繰り返して、100体の1層のゴブリンを倒して、100個の魔石を納品すれば、この学校ではスキル講習を受けられる」


「おおっ!」

「スキルか! なんかいろいろとできるんだろ?」


 すぐに推薦の男子が復活してきた。自分の興味のおもむくまま、という感じだろうか? とても動物的な反応だと思う。


「スキルについての勉強は別の時間だな。剛力、渡辺、勉強の方も頑張れよ」


「うえっ……」

「うっス。寝ないようにしまっス」


 ……授業における、頑張るというレベルが、寝ないようにするという段階でいいのかしら?


「話を戻すぞ。いいか、1層で100体、倒せば、2層に進める。その時点で1層での制限回数は20回になる。その頃には、1層のゴブリンが相手だと2層との往復ぐらいは余裕で戦えるようになっているからな。だが、今度は2層で5回の『戦闘の制限回数』を守らないとダメだ。2層でスタミナ切れになったら、1層のナイフや棍棒と違って、動けないところをメイスで殴られ続けるからな」


「うわぁ……」


 その場面を想像した誰かが嫌そうな声を漏らしていた。


 ……1層のゴブリンを100体、倒す。そうすれば強くなる、ということなのだろう。


 その結果として1層での『戦闘の制限回数』はクリアされていき、今度は2層で、ということになる、ということみたいだ。


 これを繰り返していくということは……1日5体、魔石5個で500円……10日で50体、20日で100体になるから……そうすると、だいたい5月になる直前くらいにはスキル講習を受けて、2層に進出できる。


 少なくとも、4月の収入は1万円以上にはなるみたいね……。


 2層も、同じように20日くらいで……あ、テストをはさむから、テスト週間はダンジョンに入れないって柿塚先輩が言っていた……今度は6月の終わりくらいかしら? 7月から3層で……そうすると夏休みにくらいには……。


「こうやって攻略階層を少しずつ深くして、3層のゴブリンを100体、倒せば、ボス部屋のボス戦に挑むようになる。この学校では、ボス部屋のボス魔石を50個、納品したら、外のダンジョンへ行く許可を与えている。ああ、各階層も、納品した魔石数で倒したと考えるぞ」


「いしかーセンセ、ここに、2層の魔石は200円、3層の魔石は500円って書いてあるぜ? つまり、少しずつ、収入も増えるってことか?」


「剛力の言う通り、魔石は階層が深くなると換金額が高くなる。10層まではな。慌てずにじっくりと攻略していけば、自然と収入も増えて安定していく。なんだ、分かってきたな」


「おお、いつかは金持ちになれるんスよね?」


「……まあ、そういうことだ。では、次は、校内にあるギルドの出張所で借りられるレンタル武器について、ああ、防具もあるぞ。その部分について説明していく。ガイダンスブックの……」


 石川先生の説明を聞きながら、私はちらり、と隣を見た。そこには、机に肘をついて手にあごをのせて、ものすごくつまらなそうな顔をしている二宮さんがいた。


 同じ附中でも、普通科出身の私と違って、二宮さんたちのようなダンジョン科出身の人たちには、もうすでに分かっていることばかりなのかもしれない。他のダンジョン科出身の人たちも、似たようなものだ。


 ……少しでも早く、遅れを取り戻さないと。


 私は心の中でそう決意したのだった。










人名辞典

剛力三太……ごうりき・さんた

渡辺海斗……わたなべ・かいと






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