6 鳳凰暦2009年4月8日水曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校女子寮(2) H
「ほい、これは歓迎のジュース」
そう言って柿塚先輩から渡されたのは紙パックのりんごジュースだ。果汁100%のやつ。
「普通は、寮でお昼が出ることはないからね。今は歓迎会と、寮での食事方法の説明を兼ねてる。あ、ジュースの自販機は3階、お風呂の脱衣場にあるから」
「はい」
「それにしても……あれだけ視線を向けても、宝蔵院は何も言わなかったねぇ?」
「あ、その……手をあげようか、と思った時には先に……」
「あー、惜しかったんだ。野原先輩、すんません」
「いーのいーの。2年連続で転科組ってのはこれまでもなかったことだし」
……野原先輩だった。よし。助かった。ありがとうございます、柿塚先輩。
「……ところで、お風呂総番長というのは、いったい?」
私がそう質問すると、私の隣で北見さんがピクリと反応した。
「……わたしも知りたいです。なんなんですか、お風呂総番長って?」
「あー、これはねー」
私たちの前に座る3年生の、おそらく附中ダン科の方だと思われる人が口を開いた。
「新入生をああやって追い込みかけてさ、その中でも何かが言える子を見つけて、1年のリーダーに指名するんだ。そういう子でないと、なかなか学年をまとめられないし。さっきの場面で目立ったことでみんなに顔も知られるし」
……入寮初日、しかも先輩相手に、物申せる人を探す、ということだろうか。あの時、手をあげて発言していたら、私がそれに?
「……ええと、学年のリーダーが『お風呂総番長』ってことでいいですか? ネーミング、おかしくないですかね?」
なんだか不満そうな北見さんが口をとがらせながらそう言った。分かる。変だもの。
「まあ、ネーミングはともかくとして、女子寮の基本的なルールは学校側が決めてんだよね。で、その中で生徒が決めた女子寮だけのローカルルールとして、お風呂の時間制限があって……」
「柿塚の説明で納得したとは思うけど、それでもたまーに、時間を守らない1年が出てくるんだよ。それをきっちり指導すんのがお風呂総番長。他のルールは寮監の先生から説教入るし」
「あとは、新入生をある程度、気合、入れとくってのも、あるのは、ある」
「どっちかっつーと、あたしらの楽しみっつーか、賭け事っつーか。あたしは宝蔵院の2回目に賭けてた」
「あたしは1回目で北見、に賭けてたのに……」
「いや、そんなことを言われましても……」
北見さんの返答も戸惑いしかない。やはり賭け事だったのか……。
「まあまあ、まずは食べながらで」
「……全体でいただきますとか、ないんですか?」
私たち以外の1年生も既に食べ始めている。
「あー、高校の寮は、そーゆーのはない」
「そもそも、全員分の座席がないもん。さっきまでは2年と3年のほとんど全員が座ってたけど、ほら、今は2年のほとんどが立って、1年を座らせてるよね? 歓迎会だから」
確かに、先輩たちの言う通りの状況になっている。
2年生の先輩方は、お茶用のやかんとかを持って、後輩にサービスしながら、いろいろと話しかけている。食事が目の前にあるのは1年生だけだ。
私も食べながら、先輩たちと話すことに決めた。北見さんも遠慮はしないようだ。がっつりとチキン南蛮を頬張っている。
「……あの、質問とか、大丈夫ですか?」
「もちろん。何でも聞いて。答えられないものもあるけどさ」
「その……ペアでダンジョンに入ってる方って、いらっしゃるんでしょうか?」
「は?」
先輩のその返答と、その時の表情で、私にはなんとなく、全てが理解できた気がした。
「……どういうこと?」
「いきなりすぎて、質問の意図がよく分かんない」
「ええと、初日からクラスでいろいろとありまして……」
「陵がなんか、いきなり言い出したんですよ、横田先輩」
どういう風に説明したらいいのか、私が少し困っていたら、北見さんが私の代わりに説明を始めた。
「……あれはいつも、いきなり何か言い出すでしょ?」
「そんな子がいるの? あ、男子か。そういや、入学式でなんかやらかしたのがいるって話だっけ。そいつかな?」
「それもあるんですけど……まあ、クラスの中央で、こう、半分に分けて、横列の3人組でトリオを組むって。そういうパーティー分けを陵がいきなり言い出したんですよ。そうしたら……宝蔵院さんのところだけが、トリオじゃなくてペアになってしまって」
「あー、そういう感じか、なるほどね……。陵が新入生代表ってことは附中ダン科首席だから学級代表だもんね。へー、相変わらず突拍子もないことを言うねー。それで、ペアでダンジョンに入ってるのか、って話になるんだね」
「……まあ、トリオはともかく、ペアは……ゼロではないけど、基本、ないな」
「うん。ない。トリオでやってるパーティーで、メンバーが風邪ひいたー、とか、そういう感じかな。ペアになるとしたら。ただ、育成期間? 小鬼の1層なら、ゴブイチだから、そんなに問題はない気がする」
「……問題はない、ですか?」
「まあ、育成の目的が1層のゴブリンの魔石100個が目安だから。1層はね、相手が1体だけだからペアでも必ず数的有利になるし。最初にゴブリン1体だけを相手にするゴブイチっていう実習がすぐにあるけど、それも基本、ダン科の子が手伝ってペア戦闘だからね」
……育成期間なら、問題がないらしい。そう、問題ないのか。確か、育成期間だけ、というような話だったはず。
「しっかし、勝手な首席だねぇ。自分のクラスのパーティー分けを強引に仕切っといて、ペアの子が悩んでるとか」
「あ、その部分については、なんというか、ペアになるところは俺が責任を持つ、みたいになってて、フォローがありました」
「……一応、筋は通した感じ?」
「まあ、毎年、モメるところだから……その分け方でやるとダン科が必ずひとりずつって感じだろうし、考えてみたら公平さはあるね、確かに」
……公平さは、あるのか。そうすると、やっぱり否定は難しい気がする。
「あ、やっぱり、公平ですよね?」
うんうん、と北見さんがうなずきながらそう言った。
教室ではあの男子に食ってかかっていたけれど、内容から考えると北見さんは公平さも感じていたらしい。
「そりゃ、パーメンに附中ダン科ひとりと、附中ダン科ふたりで育成するとなったら、どっちが楽かは決まってんでしょ。4人組だったら、ダン科ひとりが外部ひとりを担当するか、ダン科ひとりが外部3人を担当するか、そのどっちかになるんだから。そんだけで負担が段違いだし。3倍だよ?」
「なるほど……そうですよね……やっぱり公平なのは間違いないんだ……」
「まあ、その前に、先生たちに潰されるんじゃない?」
「え?」
「他の人の自由なパーティー決めを妨害してるって意味で。首席だから学級代表なんだろうけど、やり方がいきなりで、ちょっと強引すぎるし。先生たちは、そのへん、学級代表に調整役は求めてても、仕切り屋になってほしい訳じゃないからさ」
その先輩の言葉に、私と北見さんは驚きながら顔を見合わせたのだった。
人名辞典
野原先輩……のはら
横田先輩……よこた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます