6 鳳凰暦2009年4月8日水曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校女子寮(1) H



 1年生の集団の前で叫んでいる中学時代の先輩を前にして、私――宝蔵院麗子は悩んでいた。柿塚先輩と知り合いではない人が何かを言うのは難しいだろうと思う。


 だからといって、この場で発言するのも難しい。手をあげようか、あげまいか、私はどうするべきか、真剣に悩んでしまう。


 それは、お風呂のきまりのことが、そのくらいの我慢はどうにでもなるという気持ちもあったからだ。


「なーっとくできないものはーっ、いまぁーっ! こーのー場ぁーでーっ、は、ん、ろ、ん、すべーっ、しっっ!」


 柿塚先輩があきらかに私の方を見ながら、竹刀を振り回しつつ、そう叫んでいた。


 ……まさかと思うけれど、反論、してほしいのかしら?


 私はおそるおそる、手をあげ――


「納得できませんっ!」


 ――ようとしたところで、他の人が叫び返していた。


 それは、さっき、クラスでもあの入学式でやらかした陵という男子に反論していた、北見さんという人だった。


「納得できない理由を述べよっ!」


「寮の規則にそのようなことは書いてませんでした! わたしたち1年にもお風呂くらい、ゆっくりさせてくださいっ!」


「入浴時間の制限がない場合っ! お風呂でゆっくりできると考える理由を述べよっ!」


「えっ……?」


 北見さんが戸惑いをみせた。


 ……いつでも入れるのだから、ゆっくりできるんじゃないかしら? 理由と言われても困る。できるものはできる、という感じだ。


「い、いつでも入れるってことが大事です!」


「よく言った!」


 柿塚先輩、どうしてホメたの?


「クラスと名前を述べよっ!」


「1組、北見愛良です!」


「北見愛良! アンタを、2009年度入学生のお風呂総番長に任命する!」


「……はぁ?」


 北見さんはもちろん、1年生全体の頭の上に「?」がたくさん浮かんでいるようだ。分かる。お風呂総番長って何かしら?


「傾聴っ!」


 柿塚先輩によって竹刀が床に打ち付けられ、1年生が再び背筋を伸ばす。


「2年、3年は、そのほとんどが外のダンジョンに入っている! だから、門限のぎりぎりに帰ることが多い! 門限は19時! 1年の放課後は校内の小鬼ダンでかなり早めに寮に戻る! それまでの時間、ほとんど1年だけしか寮にいない! これが前半、19時までの理由っ!」


 竹刀を肩に担いだ柿塚先輩がぐるっと1年生を見回す。


「1年でも呼び出しなどのほか、さまざまな理由で19時までに入浴できない可能性がある! その救済措置が21時以降! これが後半、21時以降の理由!」


 そう言った柿塚先輩は、竹刀の先端をゆっくりと床につけ、雰囲気を一変させた。


「学年によって入浴時間を分散させることで、結果として食堂の利用時間にもズレが生まれ、大浴場と食堂のどちらにもゆとりが生まれる。ねぇ、北見さん? いつでも入れるのと、時間を分けるのと、どっちが本当にゆっくりできるか、考えたら分かるよね……?」


「分かります……」


 ……確かに、その通りだ。それに、先輩、後輩の関係がわずらわしいと思う人にとっては、お風呂でも食堂でも、先輩と顔を合わせずに済むという利点もある。


 ただ、最初からそういう理由を説明すればいいのではないだろうか? わざわざこういうやり方をする必要はない気がする。


「納得してもらえたところで、前に出てきてほしいんだけど」


「は、はい」


 北見さんが柿塚先輩ところへと進み出ると、柿塚先輩は竹刀を両手で、まるで表彰状のように捧げ持ち、北見さんへと差し出した。


「え?」

「早く受け取って?」

「は、はい……?」


 なんだかよく分からないという表情のまま、北見さんは竹刀を両手で受け取った。


「以上で、お風呂総番長交代式を終わります!」


 なぜか、ものすごく嬉しそうに、柿塚先輩が私たち1年生ではなく、テーブル側の先輩方の方へ身体を向けて、そう言った。


「あーっ、負けたーっ!」

「よっしゃーっ、勝ったーっ!」


 その瞬間、テーブルの方の先輩方が一斉に騒ぎ出した。


「だから言ったろ、今年は絶対に北見だって」

「いやー、宝蔵院はやってくれると思ったのになぁ……」

「2年連続の転科はさすがにないって」

「そろそろ推薦の子とか、って期待したんだけど」

「推薦はやっぱ、外部だし、厳しいだろ……」

「去年の柿塚は早かったよな? 1回目じゃなかった?」

「北見は1回目でくると思ってたのに……」

「まさか3回目とは……頼むよ北見……」


 テーブルの上では紙パックのジュースらしきものが激しく移動している。取引? ああ、賭けていたのかしら?


 ……しかも、私の名前も出ていたような気がする?


「はーい、1年はあっち、1列になって、ひと皿ずつねー。ついでに食堂の利用方法も教えるから、ほら順番、順番。あ、あなた、そのおぼん、持って!」

「大きいお皿と、小さいお皿と……あっちでお椀にごはんは自分で入れてーっ」

「今日は歓迎会だからねー、メインはチキン南蛮でーす!」


 状況がつかめないまま、おぼんの上にお皿を集めて、1年生は次々とテーブルへと誘導されていく。


「あ、宝蔵院。アンタはこっち」


 突然、私は名前を呼ばれて、指定された席へと導かれた。


 私の横の席には既に北見さんが座っていた。

 反対側の隣には柿塚先輩が座っていて、真正面には見覚えがあるけれど名前を思い出せない3年生の先輩がいた。


 附中普通科の時の2コ上で……まずい……野上先輩? 野原先輩? そういう感じだった記憶がある……中1の時の中3だから、ちゃんと覚えていない……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る