5 鳳凰暦2009年4月8日水曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校学生食堂から女子寮(2) H



 去年、ウソリ大学附属の競技カルタ部が全国9連覇を成し遂げた時点で、今年からは競技カルタの大会からの排除も決まったと聞いた。

 せめて、10連覇までは認めてあげてほしかった気がする。もしかすると、10連覇をさせないためにこのタイミングだったのかもしれないけれど。


 合唱については、まだコンクールなどからダンジョン科は排除されていない。何年も県のコンクールは連覇しているにもかかわらず、だ。

 これは、他県にも、ダンジョン科ではなく、何連覇もしている普通の学校がいくつもあるから、らしい。


 ヨモ大附属の合唱団の歌声は本当に感動できるのだ。絶対にコンクールから排除されないでほしいと思う。


「あのモテおくんにいろいろ言ってた人も、北見さんっていって、合唱団に入ってたんだよ。同じクラスになれて嬉しいなぁ」


「そうなんだ……」


 北見さんという人は……教室で聞いたあれは……かなり乱暴な言葉遣いだった気がするのだけれど……歌声と言葉遣いは……確かに無関係なのかもしれない。


「北見さんってさ、宝蔵院さん並みに綺麗なんだよね。もう、二人で学年の二大美人とか呼ばれてそう」

「わ、私は、そんな……」


「宝蔵院さんもそんな感じにきゅって縛るんじゃなくて、もっといろいろと、いい感じにできると思うけどな」

「面の、邪魔になるから……」


「ふふ、もう剣道はできないよ、ダン科なんだし。せめて、もうちょっと結ぶポイントを上げていくとか、考えたらいいのに」


 ……考えたこともなかった。じゃあ、ダンジョンに入る時は、防具は付けないのだろうか?


 私はまだダンジョンのことをほとんど知らない……。


 そんなことを思った瞬間、私と立川さんは女子寮にたどり着いていた。


「1年生だね? 連絡を受けた部屋番号と下駄箱の番号は同じ。とりあえず、スリッパはなしでいったんまっすぐ食堂に入ること」

「あ、はい」


「あ、は、いらない。返事は、はい」

「はい」

「はい」


 立川さんが案内役の先輩に叱られて、私と立川さんは「はい」とだけ返事をした。そのまま、自分の部屋番号の下駄箱を探して、脱いだ靴を入れると先輩たちに誘導されてまっすぐ食堂へと入った。


 入ってすぐのところに、ずらりと並んで立っているセーラー服の集団へと、ラフな服装で立っている先輩と思われる人があごで指示を出したので、私と立川さんもその列に加わった。


 見ると、食堂のテーブルの方にはずらっとたくさんの人が座っていて、私たちを見ている。


「あ、北見さん……」

「ダメ……」


 立川さんの隣は北見さんだった。話しかけようとした立川さんを、名前を呼ばれた北見さんが止めようとしたのだけれど――。


「そこぉーっ、だーれがしゃべっていーっつった?」


 ――私たちセーラー服の1年生の集団の真正面、中央、まるで合唱の指揮者のような位置から、大きな声がとんできた。


 ……あれ? ひょっとして、柿塚先輩?


 見覚えがある人だと思ったら、附中普通科の時の先輩だった。こんなしゃべり方の人ではなかったはずだから、かなり昔と印象が違う。

 しかも、指揮棒ではなく、竹刀を持っている。指揮棒だったとしても違和感はあるけれど、それ以上に、食堂というこの場に竹刀はふさわしくないと思う。


「まーだ全員そろってなーい! そろうまでは待機っ!」


 ……訳が分からないのだから、とにかく、言われるがままにする。


 隣の立川さんもあれが柿塚先輩だということには気づいたみたいで、一瞬だけ私の方を見たけれど、今度は何も言わなかった。


 それからどんどん1年生が増えてきて、トータルで10分もしないうちに、最後の1年生が食堂に入ってきた。


「はーい、アンタが最後! クラスと名前!」

「えっと?」


 パシーン、っと竹刀が振り下ろされて床との間でいい音をさせる。


「はい、アンタはエット。クラスは不明!」

「ち、違います!」


 再びパシーン!


「クラスと名前!」

「4組の鈴村楓です!」


 竹刀を肩に担いだ柿塚先輩があごをしゃくって鈴村さんの位置を示す。


「一番後ろの列の一番最後に並べ!」

「は、はい!」


 ……本当に、これはいったい何なのだろうか? 今から歓迎会だと聞いていたのだけれど? どう考えても、歓迎されているという気持ちにはなれそうもない。


「全員そろった! 傾聴っ! 今から、ヨモ高ダン科女子寮っ! 鉄の掟を伝えるっ!」


 柿塚先輩がいちいち竹刀を床へと打ち付けながら叫んでいる。


 意味が分からない。ただ、何か、怖い。こんな先輩じゃ絶対になかったのに。もっとしっかりしてて、とても頼りになる、信頼できる先輩だった……。


「入浴時間っ! 1年は19時までっ! もしくは21時以降っ! それ以外の時間は利用禁止っ! 以上っ!」


 柿塚先輩がゆっくりと1年生の私たちを見回す。


「納得できない者は今っ! この場で反論すべしっ!」


 シーン。


 ……反論、してもいいのだろうか?


 正直なところ、お風呂くらいはゆっくりと入りたい。

 あと、鉄の掟とか言って、これだけなの? お風呂の時間だけなの?

 いろいろな疑問が頭の中でぐるぐるとしている。


「納得できない者は今っ! この場で反論すべしっ!」


 柿塚先輩は再びそう叫んだ。


 ……? 気のせいかしら? 今、柿塚先輩が私の方を見た気がするのだけれど?











人名辞典

宝蔵院優……ほうぞういん・ゆう

立川朱里……たちかわ・あかり

柿塚先輩……かきづか

鈴村楓……すずむら・かえで





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