3 鳳凰暦2009年4月8日水曜日入学式後 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組 M



 俺――陵竜也は新入生の一番最後に体育館を出た。出る時には体育館の中に向かっての一礼を少し長めにして。

 今度こそ、それまでは手拍子みたいだった拍手が盛大なものへと変化する。そうそう、これだよ、これ。


 入る時は先頭で、出る時は最後とか、かっこよく目立つ部分でありがたい。どうかあの子の心に俺の雄姿が刺さりますように……。


 そのままの流れで教室へと列は戻っていく。


 俺としてはなんとかしてあの子の後ろ姿を見ようと頑張ってるんだが、他のクラスメイトには体格のいいヤツも多い上に、なんでか担任の石川金雄先生……もうカネオくんでいいか。カネオくんが話しかけてくる。


 この先生、すんげぇ邪魔なんスけど……。


「陵、この後、解散したら学年職員室へ来るように」


「え? 何、言ってんスか、先生? この後の俺には重大な学級代表としての役割があるんで。そもそも先生が俺を学級代表にしたんスよね? あと、親との最後の時間と、すぐ寮の歓迎会っスよ? 職員室に行くとか、そんなヒマ、ないっスから」


「いや、おまえな……」


 そんな会話をしていたら、あっという間に教室に到着していた。


 カネオくんとの会話のせいで、あの子の後ろ姿を見られなかっただけでなく、またしても、廊下側に貼り出されているはずの座席表を見逃してしまった。


 なんて担任だ……カネオくんめ……はがされたらどうしてくれるんだ……いや、いっそ、俺がはがして一生の宝にするってのも……。


 とりあえず、教室の中だと既に全員が座席についているらしい。

 附中のダン科卒と、普通科からの転科組くらいはしゃべってるけど、他の連中はまだ、緊張感がある状態だ。


 ま、知り合いでもないくらいの関係だと、最初はそうだよな。俺とあの子みたいに。だが、いつかは……。


 こうして教室に入ってしまえば、カネオくんも俺だけに構っている訳にはいかず、教壇の中央に立つ。


 俺はもちろん、一度、自分の席に座った。


「陵くん、あれは、ちょっと……」

「陵、おまえ、さすがに入学式ってのは問題だろう……」


 俺の隣の席の博――財前博と、後ろの席の鳴――下神納木鳴が話しかけてきたんだが、今はもう、そういうタイミングじゃない。俺は軽く手を振っていなす。


「二人とも、担任の話が始まるから、後でな」


「そうなんだけど……」

「いや、陵、おまえな……おまえにだけは言われたくないぞ、それ、陵……」


「よーし! 全員、注目してくれ! いいか、ちょっといろいろあったのはあったが、とりあえず入学式は終わった」


 ……うん? 入学式で何かあったのか? 先生ってのもいろいろと大変だな。


「明日の予定は配布済みのプリントにある通り、集会やLHR、ガイダンスで午前は半日、埋まってる。午後からはダンジョン関係の授業が始まるからな。とりあえず、今日はどのクラスもこれで解散となる。それじゃ……」


 おっと、いかん。解散させられちゃ、困る。なんだよ、担任の話とかほぼゼロじゃねぇか……。


「ちょっと待って下さい、先生!」


 俺はそう叫びながら立ち上がった。


「陵、おまえは……」


「先生、学級代表として、いろいろとみんなに話しておかなきゃならないんスよ。どうせ解散なんスよね? だったら時間、下さいよ。そんなに長くなんないスから」


 俺はそう言いながら、前に出て、教壇へと立つ。

 そう。今から、俺が入学式の間にマルチタスクをこなして考え出した、このクラスでのパーティー分けを発表する。

 もちろん、全ては、あの子とパーティーを組むために。


 苦い顔をしたカネオくんが少しだけ横に動いて、中央を俺のために空けてくれた。ありがとう、カネオくん。お陰で、あの子とパーティーを組むための一歩を進められる。


 そう。中央。これ、大事。


「すまないが、少しだけ、時間がほしい。俺は陵竜也。担任の石川先生から、このクラスの学級代表に指名された」

「失敗したな……」


 ……先生、なんか、心の声が漏れてるぞ? それ、ひどくない?


 ああ! 俺の心が読まれてるからか。

 くっ、それは仕方がない……なぜなら今の俺には下心しかないからな!

 ただしエロくはない! まだエロくはないんだ! 清純なんだ! ピュアな気持ちだから許してくれ、カネオくん!


「……附中のダン科以外のみんなは、まだよく分かってないと思うが、この先、ダンジョンに入る時に、最初は育成期間として、それぞれのパーティーに附中ダン科の経験者が入って、アドバイスをしながら少しずつダンジョンのことを知っていくようになってる。これは、この後の寮での歓迎会でも先輩たちから話を聞くと思う。こういう活動をこの学校の伝統にしようと考えているらしい。もう何年も続けてることだと俺も先輩から聞いた」


 ヨモ大附属高は、各クラス35名で、附中ダン科出身12名ずつ、一般入試12名ずつ、附中普通科からの転科組が6名ずつ、そして、推薦入試が5名ずつ、成績で上から順に1組、2組、という風に振り分けられて、4組まである。


 推薦以外は、入試そのものは同じものを受験している。ただし、附中ダン科は不合格になることはない。それは、この、育成期間のサポート役をさせるためなんだろうと俺は思う。わざわざ附中ダン科まで設立してるからには、そのくらいはな……。


「このクラスではそのパーティー分けについては、ここ……」


 俺はまっすぐに手を伸ばして、教室中央の机と机の間を示した。


 各クラス35名で、6列。各列6名で、窓際がひとつだけ5名。


 教室の座席は、廊下側から一般入試が12名2列、中央に附中ダン科が12名2列、その横に附中普通科からの転科組が6名1列、最後の窓際は推薦の5名1列。しかも入試の成績順に並んでる。


「……このラインで左右、半分に分けて、横列での3人パーティーに分けようと考えている」


 教室の中央で左右半分に分けて、横列でパーティーを組ませたら、全部で12パーティーになって、各パーティーにひとりずつ、附中ダン科が入ることになる。基本的には公平な振り分けだ。


 ただし、原則4人組とするべきパーティー分けで3人組のトリオにしているところは問題点でもある。まあ、それについては説得材料もある。


 ざわり、とクラスの中央が動いた。附中ダン科のメンバーがいるこの2列がざわめきの中心だ。他のみんなは言われてもよく分かってない部分があるから、まあ、こんなもんだろう。


 反発はあると当然、予想してた。

 さあ、来い、北見! 頼むぜ! カモン! 附中ダン科の俺たちの学年で最強の委員長気質を今こそ発揮しやがれ!


「ちょっと陵! アンタねぇ! 勝手なこと言って! 二宮さんたちのこと、考えてないの! あそこだけペアになるでしょうがっ!」


 バンっと机を叩きながら立ち上がった北見がそう叫んだ。


 ……よし。狙い通り。期待通りだぜ、北見!


 正義感が強い、委員長気質の北見なら、必ずそこを突いてくると思ってた! サンキュー、北見!


 そこだけ、推薦が一人、足りないからな! 推薦は5人だから! あの位置だけはどうしたって3人組にはできなくてペアになっちまう!


 附中ダン科の二宮綾女のところだけ、附中普通科からの転科組とのペアになるのだ! このことに入学式の時に気づいた俺は、この方法を考え出した!


 そして、そこには! 二宮の隣の転科組の座席には!


 あの子の席がある!

 あの俺の好みのど真ん中の美女の席が!

 くくく……彼女がペアになる座席で本当に良かった! 八百万の神々に感謝を! 今、この瞬間に一生分捧げますぜ!


「心配すんなっ、北見ぃっ!」


 お怒り気味の北見にそう叫び返して、俺は全体を見回してニコリと笑った。


「そこっ、ペアになるところは二宮が大変だろうから、最初っから、俺と二宮だけは入れ替わって、俺がペアんトコに入るつもりだった! この条件で一番不利なところは、こういうやり方をするって言い出した俺が学級代表として! 学年首席として、責任を取ってやっていく!」


 俺が北見の反発に対してそう叫ぶと、一度、教室はシーンとなった。


 それから小声で何か、話し始める。


「……陵くん。ちゃんと、そういう責任を考えてたんだ……らしくないけど……」

「陵のヤツ……漢気、見せやがって……」

「陵ってば、ちゃんとあーしのこと、そうやって考えてくれてたんだ……ちょっと見直したじゃん……」


 一応、一番不利なところを俺が、と言ったことで、今んところ、附中ダン科出身者からも大きな不満の声はないらしい。不満の顔はちらほら見えるけどな……。


 まあ、まだまだ、説得……という名の論破は必要になるだろう。


 とりあえず、今は、これくらいか。時間が足りない。


「いろいろと意見はあると思う! ダン科以外のみんなも寮の歓迎会で情報を集めて、言いたいことがあったら言ってくれ。ダン科のみんなも、何かあるんなら直接、言ってくれよな! そんじゃ、解散だ! 寮の歓迎会に遅れんなよ!」


 俺はそう言って、このクラスの初日を強引に終わらせたのだった。


 ふと、横を見ると、担任のカネオくんがすんげぇ苦い顔してた。やべっ。勝手に解散させちゃった……。











人名辞典

財前博……ざいぜん・ひろし

下神納木鳴……しもこうのぎ・めい

二宮綾女……にのみや・あやめ





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